JEITA HOME


title
 【 2001年5月号 】



  〜2000年の回顧と2001年の展望〜


はじめに

 前任の長谷川英一氏に代わって、12月末よりニューヨーク駐在員として着任いたしました、荒田良平でございます。少し間が空きましたが、今月から駐在員報告を再開したいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 さて、第一回となる今回は、既に2001年に入って4ヶ月を経過しており今更という感があるが、例年1月の駐在員報告のテーマであった、前年の回顧と今年の展望について、今年に入って4ヶ月間の動向も踏まえて書いてみようと思う。


1.2000年最大のトピックス 〜 ドットコム・バブルの崩壊

 ITを巡る2000年の動向を振り返るにあたっては、まずこの話題から始めなければならないだろう。インターネットの急速な普及と歩調を合わせて急成長を遂げてきたドットコム企業は、次々とIPO(新規株式公開)を果たして株式市場を加熱させてきた。2000年初頭の時点では、投資家たちは“インターネット関連企業”であるか否かという単純な基準だけで投資先を選定しているようにさえ思えた。しかし、当時のドットコム企業のほとんどは利益をあげていないと言われており、インターネット関連企業の株価高騰は“バブル”であるとして警鐘をならす声もあがっていた。(私は当時、自動車関連産業に係わる職務に就いており、自動車産業に業界再編の嵐が吹き荒れる中で、同業界関係者がインターネット関連業界を羨望と嫉妬の入り混じった複雑な目で見ていたのを思い出す。) その後、2000年3〜4月頃を境に一部インターネット関連企業の株価が急落し、一時はやや持ち直したものの、秋口からはYahoo!やAmazon.comといったも含めインターネット関連株全体が軒並み下落を始め、現在に至るまでその低落傾向には歯止めがかかっていない。(図1参照) そして、目の覚めた投資家たちがドットコム企業のビジネスモデルの収益性に厳しい目を向ける中で、多くのドットコム企業が市場から消えていったのである。

 この一連の現象を“バブル崩壊”と呼ぶかどうかはさておくとして、その「犯人探し」を行なった世論調査があるので、紹介しておこう。調査会社Pew Internet & American Life Projectが2001年3月16日に発表した調査結果「Risky Business: Americans see greed, cluelessness behind dot-coms’ comeuppance(危険なビジネス:ドットコムの報いに見る強欲さと愚かさ)」によると、ドットコム企業が苦しんでいる原因として、67%の人が「素早く利益をあげるためにリスクを顧みなかった投資家」、56%の人が「脆弱なビジネスプラン」、39%の人が「若くて経験の浅い経営者」、をあげている。強欲な投資家が悪いのか、一獲千金を夢見た起業家が悪いのか、はたまたドットコム景気を必要以上に煽ったアナリストが悪いのか。私にはどっちもどっちに思えるが...。ただし、忘れてはならないのは、確かに多くのドットコムは淘汰され、一時のドットコム・ブームは“バブル”と呼ぶべきものだったかもしれないが、このダイナミズムこそが1990年代の米国経済の繁栄を生み出した重要な要素の一つであり、現在の日本経済に最も必要とされるものであるということである。



図1 NASDAQ総合指数の推移(1999年4月〜2001年3月)
(出展: NASDAQデータより作成)

 さて、2000年はこのようにインターネット関連業界にとって大きな転機の年となったわけであるが、それでは、2001年にインターネット・ビジネスはどのような展開を見せるであろうか。ここで私の個人的な予測を書いても仕方ないので、控えさせていただくが、去る3月13日にボストンで行なわれた調査会社IDCのセミナーで興味深いプレゼンテーションを聞く機会があったので、ここで紹介させていただく。
 同社CRO(Chief Research Officer)のJohn Gantz氏は、「Business Takes the Leap: Old and New Worlds Collide(ビジネスは飛躍する:古今の壁)」と題したプレゼンテーションにおいて、業界は過去にも今回のドットコム・バブル崩壊と同じような経験をしたと指摘した。(皆さん何のことかお分かりでしょうか。)1983年、パーソナル・コンピュータの出現によって成長を期待されたPC関連企業の株価は急騰し、1982年10月時点でDow Jones指数1,000程度であったPC関連株は1983年5〜6月頃には2,500を越えるに至った。しかし、この“PCバブル”は長くは続かず、壁に当たったPC関連株は同年9月には1,500程度まで値を戻してしまったのである。
 Gantz氏の言わんとするところはもうお分かりいただけたであろう。PC産業は1983年の“バブル”崩壊後も着実に成長を続け、1983年当時まだ駆け出しだった、または生まれてさえいなかったDell、Compaq、Microsoftといった企業が、今や世界にその名をとどろかす大企業に成長している。ひるがえって現在インターネット関連業界が直面している状況を考えると、今般の“バブル崩壊”は真に生き残るべき企業が生まれ、選別され、成長していくための一つのプロセスに過ぎず、何ら悲観的になる必要は無い。本当のインターネット関連業界の発展はこれから本格的に始まるのだ、そしてその中で最終的に勝ち残るのは貴方かもしれない、と同氏は言っているのである。
 もちろん、インターネット関連業界の発展を“メシのタネ”としているIDC社のメッセージなので割り引いて考える必要があるが、こうしたメッセージが声高に叫ばれる背景に、現在インターネット関連業界が抱える苦悩、将来への期待と不安、それでも前進していこうとする意志を伺うことができて興味深い。Gantz氏の“予言”が当たることを期待したい。

 さて、冒頭にインターネット関連業界全般に関するトピックスとしてドットコム・バブルの崩壊を取り上げたため、何となく暗い書き出しになってしまったが、以下に、米国のITを巡る2000年の回顧と2001年の展望について書いてみたい。


2.デジタル・エコノミーとEソサエティの進展

(1) デジタル・エコノミーの進展

 1991年以来、史上最長の経済拡大を続ける米国経済を称して、昨年は「ニュー・エコノミー」という言葉がよく使われた。ニュー・エコノミーとは、一言で言うと「景気変動が小さく、インフレ無き経済成長を続ける経済」ということになるのであろうか。そして、IT革命こそがニュー・エコノミーの原因であり結果であると評され、クリントン政権は一貫してITを振興してきた同政権の政策を自画自賛し、諸外国も「米国に倣え」とばかり一斉にIT振興を図ったのであった。
 ニュー・エコノミー論は専門家にお任せすることにするが、確かに米国の経済活動を見ると、インターネットをはじめITは、もはや“定着”とか“浸透”という次元ではなく、完全にその“前提”になっているとの感を強くする。

 既に少し古くなってしまったが、米国商務省が2000年6月に公表したレポート「Digital Economy 2000」に、ITが如何に米国経済に寄与しているかが分析されているので、以下にそのポイントを記す。

米国の経済拡大は今や10年目に入るが、特に1995年以降の生産性向上の半分以上はITによる寄与。95年から99年の年率2.8%の生産性向上は、73年から95年の1.4%の倍となっている。生産性の向上はインフレーションを低減させ実質賃金を増大してきた。
IT産業自体は、GDP(99年名目ドルで9.3兆ドル)の8.3%程度を占めるに過ぎないが、95年以降の経済成長には約1/3の貢献をしている。(表1参照)
ITのインフレーション低減への貢献については、ITそのものの価格低下(例えばコンピュータ価格は95年〜99年において年率26%で低下)が、平均インフレ率を94年から98年まで年平均0.5%ポイント下げるとともに、ITによる生産性向上が、他の産業のインフレ率も低減している。
ITのハードとソフトへの実際のビジネス投資は95年から99年までの間に倍増以上の2,430億ドルから5,100億ドルになった。そのうちのソフト部分だけでは820億ドルが1,490億ドルになっている。(この5,100億ドルというのは96年実質ドルで、この時点の設備投資全体9,750億ドルの52%。名目ドルでは4,070/8,930億ドルで43%。)
ワークフォースについても、IT産業の労働者数は92年の390万人から98年の520万人と、年率6.5%で増えたが、中でもソフトウェアとコンピュータ・サービスの部門が、同時期に85万人から160万人へと最も急速に伸びている。IT産業の労働者の平均給与も、98年で、全民間産業平均の31,400ドルに対して、85%高い58,000ドルとなっている。




(2) Eソサエティの進展

 インターネットは経済活動のみならず、米国の社会活動にも急速に普及し、連邦政府や州政府などの電子政府に向けた取組みなどとも相俟って、Eソサエティが着々と進展していると言えるだろう。
 やはり米国商務省が2000年10月に公表したレポート「Falling Through the Net: Toward Digital Inclusion」(ネットからの脱落:デジタル社会への参画に向けて)には、ITがどの程度米国民に普及しているかが階層別、地域別など様々な視点から分析されている。(2000年8月時点調査)

家庭でのPC普及率は51.0%、インターネット利用率は41.5%。
オンライン利用者は1億1,650万人で、米人口の44.4%。
都市と地域の格差は縮小し、地域のインターネット利用率は38.9%。
低所得者層のインターネット利用拡大の速度が速く、98年12月との比較で、$25〜35Kは19.1%から34.0%、$35〜50Kは29.5%から46.2%に、$50〜75Kだと43.9%が60.9%に。
黒人とヒスパニック世帯の伸びは高いが、未だ格差は大きく、黒人で98年12月の11.2%が23.5%に、ヒスパニックで12.6%が23.6%に。

 これらのレポートからも読み取れるように、米国経済社会の大きなトレンドとして、ITの普及は着々と進み、特に経済活動においては、ITの活用は“あたりまえ”のことになっている。このトレンドは当然2001年以降も継続すると考えられるが、上述のドットコム・バブル崩壊の教訓も踏まえれば、今後はITにどの程度の投資をし、それがどの程度の効果を上げたのか、つまりITの“量”より“質”が一層厳しく問われる時代になっていくのであろう。


(3) 政府による環境整備

 米国経済社会におけるITの普及を促進し、その過程で生じる様々な問題を解決するべく、クリントン政権は様々な取り組みを行なってきた。その概要は、2001年1月16日に公表されたレポート「Leadership for the New Millennium: Delivering on Digital Progress and Prosperity (新ミレニアムに向けてのリーダーシップ:デジタル化と繁栄)」にまとめられている。このレポートは、同政権のEコマース・ワーキング・グループがまとめたもので、クリントン政権のIT振興への取組みと米国経済の繁栄を振り返って自画自賛しているものなので、もちろん良い面ばかりを強調しているきらいがあるが、ここでその概要を記しておく。


《 平等なデジタル機会の実現 》
「e-rate」プログラムにより、米国の公立学校の90%以上、47,000の学校や図書館、100万以上の教室の3,000万人の子供達にインターネットへのアクセスを提供した。
2001年度のコミュニティ技術センターへの予算を3倍増の1億ドルにして1,000の新しいセンターを設立し、家庭でコンピュータを使う余裕の無い人々に機会を提供した。
40万人の教師を教室で効果的にコンピュータを使えるようトレーニングするためのグラントを提供した。また、州政府が学生にソフトウェアやインターネット・アクセスを提供し、教室にマルチメディア・コンピュータを増やし、教師に技術トレーニングを行なうのを支援するための技術リテラシー対策基金を1997年に創設し、2000年度には4億2,500万ドルを投入した。
身体障害者などのインターネット利用を支援するため、産学の共同研究を支援、メディケアやメディケイドを拡充し身体障害者などの自立を助ける技術への支払いを対象経費に追加、身体障害者などを支援する技術サービスや装置の購入のための融資制度を創設、ボランティア団体に9百万ドルを与えて身体障害者などにインターネット教育を行なうボランティア1,200人を学校やコミュニティに派遣、など。
官民協力により、中小企業にオンライン・Eコマース・コースやEコマース・ガイドブックなどの遠隔教育カリキュラムを提供。
G8は、主要途上国、産業界、NPOなどの強力な支持を得て、政策助言、人材育成、アクセス増加を通じてデジタル機会を世界規模に広げるための国際的取組みを開始した。
インターネットを活用することによって途上国の経済発展を支援するイニシアティブを1999年に11か国を対象に開始し、2000年には新たにインド、ヨルダン、マリ、インドネシア、ケニア、ナイジェリア、セネガル、ルーマニア、ギアナを対象に加えた。


《 Eソサエティの構築 》
遠隔地に初期診療と特効薬を届けるための最新技術を導入し、先住民居住地への遠隔医療プログラムだけでも40を数える。
MedlinePlusサービスによって、専門家及び一般人の双方に対し、正確で最新で良質のヘルスケア情報をNIHの国立医学図書館(NLM)からオンラインで提供。MedlinePlusは特定の病状についての情報を提供するとともに、健康情報、辞書、医療機関のリスト、スペイン語他の健康情報、臨床試験情報へのリンクが張られており、毎月100万以上のヒットがある。また医薬品に関するレポートや安全情報を検索できるMedwatchも利用できる。
高速度DSLインターネット・サービスを可能にするため6,587マイルの光ファイバ敷設や127の地方電話交換所の更新に融資を行なった。また、地方の病院、学校、医者、教師、患者、生徒を医療研究機関、大学、図書館、医者、教師、大学教授と結ぶために1,870億ドルを支出した。また地方においてITトレーニングを行なうため移動インターネット自動車を導入した。


《 国民の地位向上 》
国民が全連邦政府機関のオンライン情報・サービスに容易にワンストップでアクセスできるようにするウェブサイトFirstGov.govを構築した。2,700万のウェブ・ページが検索できる。
政府ペーパーワーク削減法(GPEA)に基づき、各政府機関に対し、2003年10月までの電子ファイリング化に向けた計画策定と、リスク・コスト・便益を考慮した上での政府の活動・サービス全般への電子署名の導入を指示した。
以下のような行政サービスのオンライン化を実現した。

◇ 税金 WEB
納税者は内国歳入庁(IRS)のe-fileプログラムを利用して家庭から迅速かつ簡潔に申告できる。記入ミスは1%以下になり、還付は従来の半分の3週間以内に納税者の口座に振り込まれる。
◇ Students.gov WEB
高等学校卒業者が資金的援助、融資その他のアクセス・アメリカ・イニシアティブによる政府情報を入手できる。
◇ Seniors.gov WEB
高齢者が社会保障給付金その他の政府情報を入手できる。
◇ メディケア比較データベース WEB
様々なメディケア・ヘルスプランに関するコスト、質、便益などの総合的情報を対話型データベースにより提供し、最適なメディケアの選択を可能にする。
◇ ペーパーレス調達 WEB
政府調達に完全なペーパーレス調達プロセスを導入。総務庁(GSA)が入札者にデジタル署名の証明を発行し、これを使って入札と契約が電子的に行なわれる。
◇ キャンプ場予約 WEB
50,000以上のキャンプ場や施設の情報が入手でき予約もできる。

NSFは2000年10月11〜12日のインターネット政策研究所の電子投票ワークショップを後援した。このワークショップではオンライン投票にかかわるプライバシー、セキュリティ、本人確認、広範で平等なアクセス、代議士制民主主義への影響などの問題が議論された。


《 消費者の信頼向上 》
消費者保護を強化するため、産業界に対し行動規範の確立を求め、消費者教育を奨励し、オンラインでの誤解を招く又は人を騙す行為を取り締まった。
革新的な代替紛争解決(ADR)メカニズムに関するワークショップを開催し、公正な紛争解決システムの構築方法、オンライン消費取引におけるADRの更なる活用の障害などについて意見交換した。
産業界に個人のプライバシー保護を促し、プライバシー・ポリシーを掲げる商用ウェブサイトは1998年の2%から62%に上昇した。
FTCは2000年4月に、ウェブサイトが13歳以下の児童から個人情報を集め利用する前に親の同意をとることを求める児童オンライン・プライバシー保護法の施行規則を策定した。
1996年の健康保険ポータビリティ・アカウンタビリティ法に基づいて、2000年12月に医療情報のプライバシーを保証する規則を策定した。
米国とEUは大西洋にまたがるデータフローが妨げられないようにするためセーフ・ハーバー・プライバシー協定に合意した。同協定は、米国消費者のプライバシー保護を強化するとともに、米国に転送される欧州市民のプライバシー・データを効果的に保護するものであり、2001年11月に発効する。
2000年1月に暗号製品の輸出政策を変更し、国家安全保障を堅持しつつ米国産業界の世界主要市場での競争に道を拓いた。7月には輸出先としてEU15か国と他の8か国を指定・公表した。
2000年2月にクリントン大統領は産業界のリーダーに対し、米国のコンピュータネットワークの信頼性を検証するよう呼びかけ、7月には、プライバシー保護とコンピュータ犯罪の取締りを目的とし電話時代の条項をインターネット時代に沿うようアップデートすることなどを含む法案パッケージを提案した。
2000年1月に政府として始めてコンピュータ・ネットワーク保護のための「国家情報システム保護計画」を公表した。


《 境界の無い世界市場の創造 》
クリントン大統領は2000年6月30日に、電子的記録・署名・取引の法的有効性を担保することによって電子商取引を促進する「世界及び国内の商取引における電子署名法(E-SIGN)」に署名した。
1998年5月のWTO電子商取引宣言に基づく電子的取引に対する関税免除措置を延長し、またあらゆる取引規範の電子商取引への適用に関するWTO作業計画を継続した。
G8、OECD及び二国間の場において、電子商取引に重複課税や差別的課税が行なわれないよう働きかけた。また国内的には、電子商取引諮問委員会の場を通じて州税や地方税の簡素化について議論を深めるとともに、インターネット接続税の恒久的禁止を訴えた。
関連産業界との協力により、特許審査官のトレーニング強化、審査ガイドラインの見直しなどを通じて、ビジネス方法特許の申請の評価手続きを強化した。


《 インターネットの成長促進 》
高速度インターネットサービスの早期実現のため、2001年度予算においては民間セクターがブロードバンド・ネットワークを都市部未普及地域や地方に展開するための補助金2百万ドル、融資1億ドルを要求した。
民間セクター主導によるインターネットの技術標準設定に向けた自主的取組を支援した。
クリントン政権の強力な支援により民間セクターによって1998に設立されたInternet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)は、最初の会員総会と新しい理事会メンバーのオンライン選挙を行なった。またICANNは7つの新しいドメイン・ネームを選定した。

 以上、クリントン政権は、インターネットの経済的・社会的重要性を認識し、民間セクター主導でのインターネット普及を原則としつつ経済的には国内外での課税免除などの普及促進策を進め、社会的には医療や学習でのインターネット活用による生活の質の向上、電子政府の実現による国民の相対的地位向上を図るとともに、インターネットがもたらす負の側面への対策として、教育・福祉・中小企業対策・外交などの諸政策を通じたデジタル・ディバイドの解消、消費者のプライバシーの保護やコンピュータ・セキュリティの確保を図った、と総括できるであろう。
 なお、電子政府及びコンピュータ・セキュリティについては、私の前任の長谷川氏が昨年の6月と10月の駐在員報告においてそれぞれ詳細な分析を行なっているので、御参照いただきたい。

 さて、このようにクリントン政権は積極的なIT振興政策を行なってきたわけであるが、ではブッシュ新政権のITに対する取り組みはどうであろうか。詳細は別の機会に譲ることとするが、2001年4月9日に発表されたブッシュ政権の2002年度予算案を見ても、全体的な印象としてブッシュ政権はあまりITをクローズアップしていないように見受けられる。ただし、効率的な政府を実現するため電子政府の推進を強調し、また軍事とバイオメディカル以外のR&D予算を抑制する中でIT R&Dは前政権並みを維持するなど、共和党的政策・選挙公約を実現するため政策にメリハリをつける中で、必要なIT関連政策はしっかり盛り込んでいる。様々な見方があるだろうが、私は、ブッシュ政権のITに対する姿勢が後退したというよりは、IT振興の重要性を喧伝する段階は終わってITを何のためにどのように活用するのかが問われる段階に入っていると捉えるべきではないかと思っている。引き続き新政権のIT関連政策に注目していきたい。


3.Eコマースの本格化

 Eコマースは、全体的には2000年においてもB to C、B to Bともに成長を続けたと言うことができるであろう。しかし、一方でEコマースを巡る様々な課題が浮き彫りになってきていることも事実である。以下に、オンライン・ショッピングと電子マーケットプレースを取り上げ、2000年の動向と2001年の展望を見てみよう。


(1) オンライン・ショッピング

 1998年のeクリスマスを契機としてブレークしたオンライン・ショッピングは、2000年に上述のように供給サイドではドットコム・バブルの崩壊を経験したものの、需要自体はインターネット普及率の上昇も手伝って着実に増加した。
 米国の小売業者が年間売上の約4分の1を売り上げるとされる年末商戦(11月下旬のサンクスギビングから12月下旬のクリスマスにかけて)のオンライン・ショッピング動向について、調査会社Jupiter Researchが2001年1月17日に発表した調査結果によると、2000年の年末商戦に、米国の消費者3,600万人が一人平均304ドル、合計で108億ドルの買い物をオンラインで行ったという。



図2 年末商戦におけるオンライン・ショッピング
(出展: Jupiter Research)

 また、調査会社PriceWaterhouseCoopersが2001年1月19日に発表した調査結果によると、インターネットユーザーのうち年末商戦期の買い物でインターネットを利用した人の割合は、1999年の69%から2000年には80%に上昇し、実際にオンラインで買い物をした人の割合も、1999年の67%から2000年には74%に上昇したという。
 これら以外にも、年末商戦に関する調査結果は多数発表されており、そのリストをShop.orgがウェブサイトに出しているので詳細はそちらをご覧いただければと思う。オンライン・ショッピングは、まだ小売売上高全体に占める割合は微々たるものであり、もちろん商品によって適不適があるのだが、全体的には着々と定着していると言っていいだろう。

 余談になるが、私自身もニューヨークに着任以来、レンタカーの予約、航空券の手配、ホテルの予約、セミナーの参加申込みと参加費の支払、パソコン周辺機器の購入、銀行口座間の資金移動や振込み、オペラや野球のチケット購入など、公私にわたり広くインターネットの御世話になっている。こちらでは市内通話が基本通話料金10セントで時間無制限かけ放題なのでダイヤルアップ接続でもインターネットを長時間使えること、一方でデパートなどのレジやカウンターでは店員の客を客とも思わない態度や能率の悪さから不愉快な思いをすることが多いこと(ニューヨークだけでしょうか?)から、インターネットでできることは極力インターネットで済ませたいと思ってしまう。こんなこともオンライン・ショッピングが流行る一因かもしれない。
 なお、さらに余談になるが、私の家内は、「コメが簡単に美味しく炊ける」というフランス製のナベのうわさを聞きつけ、早速インターネットでフランスのメーカーのウェブサイトにアクセスして購入した。支払方法を入力する画面では、ユーロ建てとドル建ての価格が選択できるので、手元に円決済とドル決済のクレジットカードを並べて、どちらのカードでどちらの通貨で買うのが得かを考えていた。(皆さんはどうお考えですか。もちろん為替レートの動向などによりますが。) 品物はフランスから無事届いたし、付加価値税も関税もセールスタックスもかからなかったので、何だか釈然としないなと思いつつも、満足度は大きかった。

 さて、全体的には成長を続けているオンライン・ショッピングではあるが、まだまだ課題も残されている。1999年の年末商戦では、注文したのに在庫が無かった、配達が遅れた、商品が届かなかったなどのトラブルが頻発し、連邦取引委員会(FTC)が調査に乗り出してトイザラス社を含む7社が罰金を科されるという事態にまで発展したが、2000年の年末商戦でもこうしたトラブルは無くならなかった。
 調査会社Accentureが2001年1月22日に発表した調査結果によると、2000年の年末商戦期にオンラインで注文された品物のうち67%が指定された期日に配達されず、12%はクリスマスに間に合わなかった。特にオンライン専業小売業者の遅配発生率が、ブリック・アンド・モルタル(オンライン販売も手掛ける伝統的小売業者)やカタログ通販業者に比べ7%高かったという。また、同社は、オンライン・ショッピングの返品処理に改善されるべき点が多いことも指摘している。

 こうした中で、2000年の年末商戦においては、オンライン専業のドットコム企業が苦戦する一方で、信用のあるブリック・アンド・モルタルが好調だった。調査会社Nielsen//NetRatingsが2001年1月2日に発表した調査結果によると、2000年11月5日から12月24日までに期間中に利用者が多かったオンライン小売業者のウェブサイトのうち、Amazon.comと提携したトイザラスがトップ、Dellが3位、大手書籍販売Barnes and Nobleが4位、大手量販店Walmartが6位など、ブリック・アンド・モルタル系が上位に食い込んでいる。(表2参照)


 長々と年末商戦の話題に終始してしまったが、さて2001年はどうなるであろうか。現時点では、オンライン専業では苦しいという流れは決定的になっているようである。2000年の年末商戦で思ったほど振るわなかったオンライン専業玩具販売のeToysは結局、2001年3月7日に破産法11条の適用を申請し倒産。インターネット販売部門の好調も手伝って増収増益となったトイザラスと明暗を分けた。今年に入って米国経済の減速が明確になってきたことからドットコム企業の重要な収入源であるインターネット広告費も大幅に減少していると言われており、オンライン販売は、ごくごく一部の生き残り組を除いて、伝統的小売業者の多角的な販売チャネルの一つの柱へと収斂していくのであろう。


(2) 電子マーケットプレース

 2000年には、電子マーケットプレース関連でいくつかの大きな話題があった。
 その一つが、GM、フォード、ダイムラー・クライスラーの旧ビッグ3が中心となって創設した自動車産業の電子マーケットプレース「covisint」である。旧ビッグ3は2000年2月に、それまで各社が別個に検討を進めていた電子マーケットプレースを統合した新しい電子マーケットプレースの設立構想を発表し、covisintと名付けられたこの電子マーケットプレースにはその後ルノー及び日産も参加を表明した。年間調達額が5,000億ドルにも達する自動車産業における巨大な電子マーケットプレースになることが想定されるcovisintに対しては、連邦取引委員会(FTC)も慎重な審査を行なったが、2000年10月にはFTCの審査も完了している。

 また、エレクトロニクス業界では、2000年5月にコンパック、HP、ゲートウェイ、日立、NEC、サムソン、ソレクトロン、SCIシステムズなど計12社(最終的には15社)が参加する電子マーケットプレース「ehitex」(12月に名称を「converge」に変更)の創設が、また6月にはIBM、日立、松下、東芝、ソレクトロンなど計8社(最終的には10社)が参加する「e2open」の創設が発表された。
 こうした電子マーケットプレースは、航空、化学、建設、エネルギー、金融、食品、鉄鋼、紙など様々な業種において、ベンチャー系、サードパーティー系、業界コンソーシアム系など様々な事業主体によって、様々なモデルのものが設立されており、その総数は数十から100に及ぶと言われている。

 今後電子マーケットプレースはどのような展開を見せるであろうか。私自身は、EDI全般を含めたB to B市場全体の発展を疑うものではないが、電子マーケットプレースについては調査会社が言うほどバラ色の世界ではないと思っている。電子マーケットプレースというと、とかく「○○業界の年間調達額××億ドル規模の取引市場へ」といった言い方がされるが、多くの業種においてサプライ・チェーンの合理化は企業にとって競争力の源泉であり、またそうだからこそ従来から各社が独自にシステム構築に相当の投資をしてきているので、「みんなで一緒にやれば安くなるからそうしよう」というほど単純なことにはならないと思う。最終的には、参加各社が独自に行なう部分と電子マーケットプレースの機能を活用する部分の棲み分けが、業種ごと、参加企業ごとに判断されていくであろう。こうした中で、電子マーケットプレースがむしろサービス・プロバイダとして、調達に限らず如何に参加企業に活用される機能、参加企業が抱える課題に対するソリューションを提供していけるか、すなわち、電子マーケットプレースが単なる“マーケットプレース”から脱却できるか否かが、電子マーケットプレース発展の鍵になると思われる。


4.インターネットとメディア・ビジネス

(1) ブロードバンドの普及

 「ブロードバンド」は、2000年においても引き続きインターネット接続に関する最も重要なキーワードであったと言えるであろう。
 ブロードバンドの普及状況については様々な調査会社が調査を行なっているが、ここでは2001年1月30日に調査会社TRIが発表したインターネット接続に関するOnline Censusの数字を挙げておこう。(表3、図3参照)
 カテゴリー別の契約者数には重複があると思われるので注意する必要があるが、有料のダイアルアップ接続が4,600万人に達しており引き続き主流であることには相違ない。無料ISPの2000年第4四半期の成長率はわずか1.36%であり、このビジネスモデルの限界が見えてきている。
 また、注目のケーブル・モデム対DSLの争いでは、2000年末時点ではケーブル・モデムがDSLの2倍近い契約者を獲得し依然としてリードを保っているが、DSLが2000年第4四半期に驚異的な伸びを記録したことは注目に値する。

 2001年以降のブロードバンドの普及予測については、やはり様々な調査会社が数字を発表しているが、ここでは省略する。いずれにしても、ケーブル・モデムとDSLを中心に一層のブロードバンドの普及が進むことは間違いないであろう。
 ただし、ケーブル・モデム、DSLともにまだ技術的問題を抱えており、また今年に入って独立系DSLサービス・プロバイダのノースポイント・コミュニケーションズが破産法11条の適用を申請したように競争激化に伴い事業環境も悪化しているため、最終的にどのカテゴリーのブロードバンド・サービスが、またどの企業が勝ち残っていくのかについては、まだまだ紆余曲折が予想される。





図3 2000年末時点のカテゴリー別のインターネット接続状況
(出展: Telecommunications Reports Internationalデータから作成)


(2) AOLとタイム・ワーナーの合併

 インターネット接続を巡る2000年最大のトピックスは、2000年1月に発表されたAOLとタイム・ワーナーの合併であろう。インターネット・サービス世界最大手のAOLとメディア大手のタイム・ワーナーとの合併構想は、情報の新しい流通チャネルであるインターネットを牛耳る企業とコンテンツを牛耳る企業との大型合併であるため、連邦取引委員会(FTC)と連邦通信委員会(FCC)がそれぞれ慎重な審査を行なった。
 その結果、FTCがまず2000年12月14日、条件付きで両社の合併を承認。条件とは、@ケーブルシステムを競合するISPにも開放する、A他のISPやインテラクティブTVサービスが配信するコンテンツを妨害しない、BAOLタイム・ワーナーのISPサービスやインテラクティブTVサービスの配信について他のケーブル会社と排他的な合意をしない、CAOLのDSLサービスをAOLタイム・ワーナーがケーブル・ブロードバンド・サービスを提供している地域か否かに関わらず平等に提供する、などであった。
 またFCCも2001年1月11日、AOLのIM(インスタント・メッセージング)技術についてタイム・ワーナーのCATV回線を使ってビデオのやりとりなど高度な利用をする場合には競合他社にも回線を利用させる、などの条件を付けて合併を承認した。
 この結果、インターネット、テレビ、出版、映画などを傘下に抱える世界最大の総合メディア企業AOLタイム・ワーナーが誕生したのである。

 こうして誕生したAOLタイム・ワーナーの今後の事業戦略は、DSL、ケーブルなどのブロードバンド事業のみならず、コンテンツなども含めたメディア・ビジネス界全体に大きな影響を与えることは必至である。
 また、ブロードバンドでAOLタイム・ワーナーに対抗するAT&Tも、既に1999年に大手CATV事業者のテレコミュニケーションズ(TCI)を買収して総合通信サービス・プロバイダとして名乗りをあげ、@Homeやメディア・ワンの買収によって着々と地歩を固めてきた。しかし、長距離電話サービスの収益悪化を踏まえ、AT&Tは2000年10月に、同社をワイヤレス、ブロードバンド、消費者向け長距離電話、企業向けネットワーキングの4事業部門に分割しそれぞれをAT&Tブランドの下で協力しながらも独立した形で運営する改革計画を発表している。この改革は2002年中に完了するということであるが、やはりブロードバンド事業にどのような影響が出てくるのかが注目される。


5.PCを巡る動向

(1) PCの出荷動向

 2000年においても、PCを巡っては様々な出来事があった。ここでは各論はさておき、全体の出荷動向について触れておこう。
 調査会社Gartner Dataquestが2001年1月19日に公表した調査結果によると、2000年のPC出荷台数は、全世界が対前年比14.5%増の1億3,474万台、米国が対前年比10.3%増の4,943万台であった。(表4、5参照)




 対前年比2ケタの伸び率を示したことは、世界的なITブームの中でPC産業が全体的には順調に発展してきたことを物語っており、誠に喜ばしいのであるが、一方で世界最大の市場である米国市場の伸び率が全世界のそれを大きく下回ったことは、今後のPC市場の動向を占う上で重大な意味をはらんでいる。
 それは、一つには2000年後半から少しずつその兆候が現れてきた米国の景気減速の影響である。調査会社IDCが2001年1月22日に公表した調査結果によると、2000年第4四半期の米国におけるPC出荷台数は、対前年同期比0.3%増にとどまり、米国市場の減速感が明確になった。さらに、同社が2001年4月20日に公表した調査結果によると、2001年第1四半期はついに対前年同期比9.5%減とマイナスになっている。
 もう一つには、米国の家庭におけるPCの普及率が5割を超えたことなどを背景に、米国PC市場がサチュレートし始めたとする見方もある。

 また、2000年企業別の動向を見ると、好調なDell、HP、伸び悩むCompaq、Gateway、深刻な状況にあるIBMと、明暗がはっきり分かれている。2001年に入って、ついにDellは世界市場において1994年以来トップの座にあったCompaqを抜いて初めて世界ナンバー・ワンの座に就いた。Dell時代はいつまで続くのであろうか。もちろん各社は巻き返しを図っており、限られたパイを巡る競争はますます激化するだろう。
 2001年はPC業界にとって厳しい年になりそうである。せめて、Windows XPが予定通り2001年下半期に発売されてくれればいいのだが...。


(2) その他の動向

 2000年におけるその他PCを巡る動向の中で、司法省(+19州)対マイクロソフトの反トラスト法訴訟について簡単に触れておこう。
 1998年以来連邦地裁で争われてきた、マイクロソフトのOS WindowsへのブラウザIEのバンドルに関する反トラスト法訴訟は、2000年6月、ジャクソン判事が「マイクロソフトのOS部門とソフトウェア・アプリケーション部門への2分割」という厳しい判決を下して終わった。これはマイクロソフトのみならずPC産業を揺るがす大きな判決、のはずなのだが、当然マイクロソフトは直ちに控訴、2001年に入って2月から控訴審口頭弁論が始まっている。地裁判決に関しては、ジャクソン判事のマイクロソフトに対する「偏見」を問題視する声も上がっており、控訴審がどのような展開になるのかまだまだ予断を許さない。

 こうした重要案件の審理が短時間で決着すると思っている人はいないだろう。地裁審開始当初はたいへん注目された本裁判であるが、年月の経過とともに、Windowsは2000、Meの世代へと移行、インターネットをとりまく業界地図も大きく変化してきており、裁判の持つ意味がどんどん風化してきている感がある。それほどこの業界の変化が早いということであろうか。


おわりに

 今回は、専らIT関連業界全体の動向の中からいくつかの観点を選んで取り上げてみたが、まだまだ本来「回顧と展望」で取り上げるべき事項は残っている。Linux陣営の動き、ASPの動向、PDAなどポストPCへの流れ、モバイル・コマースの動向なども気になるところであるし、またBluetooth、P to PやIPv6といった新しいキーワードにも注目していく必要があるだろう。これらは今後随時駐在員報告で取り上げていくこととしたい。

 日本では、今年に入ってe-Japan戦略が決定され、早急にIT先進国に追い付くべく法制度改革やネットワーク・インフラ整備が始まっている。日米比較をしてみると、携帯電話によるインターネット接続は日本が先行しているし、BluetoothやIPv6も日本のほうが盛り上がっている感がある。
 ただし、誤解してはならない。米国は「ITブーム」の時期を経て、既にITを「ツール」として充分に活用できる環境が整い、IT投資からのリターンが厳しく問われる時代に入ってきていると理解すべきであろう。彼我の差はまだ大きい。
 いよいよIT「革命」の本番を迎えた米国の動向に、引き続き注目していきたい。皆様、今後ともよろしくお願い申し上げます。(了)


(C)Copyright JEITA,2001