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 【 2001年11月号 】



  〜 米国におけるe-Learningの動向 〜

JEITAニューヨーク駐在 荒 田  良 平


はじめに

 今月は、米国におけるe-Learningの動向についてとりあげる。
 早速であるが、「e-Learning」とは何であろうか。「e-」はelectronicの略であるが、「電子的」と訳すと電話の利用やパソコン教材なども含まれることになる。実態をより正しく表すには「インターネット(イントラネットを含む)を活用した学習」と訳すべきであり、本稿でもe-Learningをこの意味で用いる。なお、教育分野では「Distance Learning/Education(遠隔学習/教育)」という言葉もよく使われる。e-LearningとDistance Learningは重なり合う部分も多いが、厳密に言うと異なる。

 e-Learningには、教育機関が学生や社会人向けに行なうもの、企業が社員教育として行なうものなどがあるが、いずれにしても、インターネットやイントラネットの普及が進む中で、急速に身近なものになっている。また、e-Learningというと教育内容は「コンピュータ・システムの使い方」といったIT関連を想起しがちであるが、実は「財務管理」といったビジネス・スキル系をはじめとする非IT関連が急速に伸びている。
 現在、IT関連企業の多くはバブル崩壊、景気低迷の中で事業再構築に頭を悩ませ、人々はレイオフの不安を抱えているが、こうした時代だからこそ、移動にかかる費用と時間を節約しつつ効率的に専門教育を提供してくれるe-Learningが、企業からも個人からも注目されていると言えよう。

 本稿では以下に、米国におけるe-Learningに関し、市場の動向、主要ベンダーの概要、標準化の動向、企業や大学における活用状況について記述する。なお、執筆にあたっては、EBPass社(森健次郎社長)に情報収集・整理などの面で幅広く御世話になっている。また、ワシントン日米コンサルタントの白井稜氏とオリジナル・プロジェクトの森本氏からも有益なサジェスチョンをいただいた。


1.米国のe-Learning市場の現状と動向


(1) 企業内教育

 まず、米国のe-Learning市場の規模と特徴を、企業内教育と大学等教育に分けて見てみよう。

 調査会社IDC(http://www.idc.com/)が2001年8月20日に発表した調査によると、米国の企業内e-Learning市場は2000年から2005年まで年間平均50%の成長を持続し、2000年の23億ドルから2005年には180億ドルに達するという。また、コンテンツは現在のIT関係から、非IT関係もしくはビジネス・スキルに焦点をあてたものに比重が移り、非IT系は2000年の24%から、2005年には53.8%に拡大するという。


図1 米国の企業内e-Learning市場
1
(出展: IDC)


 企業内教育は、e-learning市場全体の中で最も成長率が高い分野であると言われている。企業のグローバル化による競争激化と競争内容の変化、生涯教育の支援、技術革新、熟練労働者の不足といった様々な理由から、企業内教育の需要が高まっている中で、従来の対面型トレーニングと比較してe-Learningの費用が格段に安くなってきていることによる。


(2) 大学等教育

 IDCが7月16日に発表した調査結果によると、2005年までに米国の高等教育機関のおよそ90%が何らかの形でe-Learningを導入し、その市場規模は2005年までに50億ドルに達するという。
 また、米国教育省(Department of Education)(http://www.ed.gov/)によると、1998年には米国の2年制と4年制大学の58%がdistance learning course(遠隔学習コース)を提供したが、2002年にはこの割合が84%に上昇すると予想している。オンラインコースを受ける大学生の数は98年の71万人から、2002年には210%増の220万人に増えるとの証券会社Merrill Lynch(http://www.ml.com/)の予測もある。
 これらの予測値の精度はともかくとして、大学等の教育機関が積極的にe-Learningの導入を図っていることは確かであろう。

 また、これら大学等教育(いわゆるpostsecondary)とは別に、いわゆるK-12(幼稚園から12学年、つまり高校まで)においてもe-Learningの導入が進んでいると言われる。市場規模について具体的な数字は入手できなかったが、クリントン政権下で実施されたe-rateプログラムによって2000年時点で公立のelementary schoolで97%、secondary schoolではほぼ100%がインターネットに接続され、生徒5人あたり1台のパソコンが導入されているため、少なくとも物理的にはe-Learning導入の環境は整ってきていると言える。

 教育機関がオンラインコースを提供するにあたって、最大の課題はやはりコストであろう。Eduventures.com(http://www.eduventures.com/)によると、動画や、教授と学生それぞれの双方向型プレゼンテーション、ラボラトリー・シュミレーションなどを取り入れた高レベルのコースは、教材の作成に最長18ヶ月、約100万ドルが必要であるという。これに対して、平均的な遠隔教育用のコース開発にかかるコストは1万ドル以下という。


(3) ベンダーから見た市場動向

 e-learningは比較的新しい市場である。急成長中のこの新しい市場で生き残るためにベンダーにとって必要なことは、@ブランド名の確立と、A総合ソリューションの提供、の2点であると言われている。

 投資銀行WR Hambrecht + Co(http://www.wrhambrecht.com/)によると、e-learningの技術や効果に対する企業の知識や認識はいまだに低く、企業は「安全性」を求めて名前がよく知れた大手ベンダーの製品を導入する傾向が強いという。従ってベンダーにとっては、ブランド名の早期確立が市場で初期の地位固めをする上で重要となってくる。

 さらに最近の企業ユーザーの傾向として、「スタンドアロン型」のサービスから、複数機能を総合的に提供するサービスの「ワンストップ・ショッピング化」に対する需要が高まっていると言われる。すなわち、e-Learningシステムは「コンテンツ」、「技術」、「サービス」の3つに大別されるが、これら3つをそれぞれ別のベンダーから受けるのではなく、1社からまとめて受けるということである。これは、1社からサービスを受けることによって、ユーザー企業としてはシステムの管理・更新が容易になる他、サービスレベルの向上とコスト削減が図れるからである。
 また、こうした中で、コンテンツのカスタム化、デザイン、パフォーマンス支援、レポート、トラッキング、ホスティングなどの付加価値サービスに対する需要が伸びているという。
 ユーザー企業のニーズの変化を受けて、今後、大手を中心に市場全体の統廃合や企業間提携の動きが加速するものと予想される。


2.主要e-Learningシステム/サービス・ベンダーの概要


 e-Learningはまだ新しい市場であるため、様々な企業の参入、起業が続いており、業界の全貌を描くのは難しいが、以下に、e-Learningシステム/サービス・ベンダーの中から3社を取り上げ、その概要を記しておく。
 その他の企業に関しては、例えば上述の投資銀行WR Hambrecht + Coのウェブサイト(http://www.wrhambrecht.com/)にe-Learning関連企業26社のプロフィールが掲載されているので、適宜御参照ありたい。また、IBM、Oracle、HPといった大手ITシステム・ベンダーもe-Learning業界に参入している。


(1) SmartForce PLC

【 概要 】
   本社: California州Redwood City
URL: http://www.smartforce.com/
設立: 1984年(アイルランド、ダブリン)
株式: 公開済み (NASDAQ:SMTF、10月4日終値 19.69ドル)
2000年度売上高: 1億6,820万ドル
 
【 特徴 】
   e-Learningシステムの総合プロバイダーで、業界最大手。CBT(computer-based training)から発展。インターネットとイントラネットの両環境に対応。
 
【 主力製品 】
   ・My SmartForce Internet Solution
インターネットベースの高セキュリティ、ホスティング・サービス。コンテンツやプラットフォームは顧客企業と学習者のニーズに応じてカスタム化が可能。
・SmartForce Global LMS/Intranet LMS
多国籍企業向けの拡張性が高いイントラネット・ソリューション製品。カリキュラム管理、Instructor Led Training(ILT)管理、履歴トラッキング管理、スキル・コンピテンシー管理機能などを提供。カスタム化や多言語環境に対応。
・SmartForce CBT
AICC規格に準拠したファイヤーウォール内完結型のシステム。CD-ROMで出荷される。


(2) Click2learn, Inc.

【 概要 】
   本社: Washington州Bellevue
URL: http://www.click2learn.com/
設立: 1984年
株式: 公開済み (NASDAQ:CLKS、10月4日終値 3.4ドル)
2000年度売上高: 4,260万ドル
 
【 特徴 】
   コンテンツ作成、配信、管理までのe-Learning一連の機能を一括提供している。マイクロソフトの共同創始者の一人、Paul Allen氏が設立した。日本法人を設立済み。
 
【 主力製品 】
   ・The Aspen Enterprise Learning Platform
企業のナレッジを獲得し、管理し、配信する統合プラットフォーム製品。下記の3つのモジュラーで構成される。
※ The Aspen Learning Management Server (Aspen LMS)
Competency Management, Workforce Readiness、リソース管理
※ The Aspen Content Development Server
コンテンツのオーサリング、大規模な共同コンテンツ開発プロジェクトの管理
※ The Aspen Learning Experience Server
パーソナル化した学習体系の提供、同僚や専門家などのコミュニティーとのナレッジ交流
・この他、業界標準規格に準拠したオーサリング・パッケージ製品ToolBookを提供。コンテンツの開発、編集、配信をドラッグ・アンド・ドロップ方式で実現する。


(3) Saba Software Inc.

【 概要 】
   本社: California州Redwood Shores
URL: http://www.saba.com/
設立: 1997年
株式: 公開済み (NASDAQ:SABA、10月4日終値 2.3ドル)
2000年度売上高: 1,800万ドル
 
【 特徴 】
   学習、コンテンツ作成、リソース管理機能を、インターネットを利用して一括提供する総合プロバイダー。
 
【 主力製品 】
   ・Saba Learning, Enterprise Edition
インターネットベースの学習管理システム。エンタープライズ規模もしくは企業大学ベースで学習サイクルを自動管理する。
・Saba Learning, ASP Edition
ホスティング用製品
・Saba Performance
インターネットベースの学習履歴・成績管理システム
・Saba Content
コンテンツの管理・検索システム


3.標準化の動向


(1) e-Learningにおける標準化

 e-Learningにおける標準化とは、異なるベンダーのシステム間でコンテンツや学習履歴、学習者の情報等の共有を可能にすることを目的に、プラットフォームの共通化をめざす動きである。これにより、一度開発したコンテンツが複数の異なるベンダーのシステム(プラットフォーム)上に展開できたり、異なるベンダーが開発したプラットフォーム間で情報の共有が可能になる。コンテンツ開発ベンダーやシステムベンダーにとっては開発コストの削減が可能となる他、販路と市場基盤が拡大し、学習者にとってはコンテンツやプラットフォームの選択肢が拡大するというメリットがある。


(2) 標準化機関の概要

 米国では複数の機関・団体が独自に規格開発に取り組んでおり、長く、相互互換性の欠如と、それが市場の成長にあたえる影響が懸念されてきた。以下が代表的な機関・団体と開発技術である。

AICC(Aviation Industry CBT Committee) (http://www.aicc.org/)
 米国の航空業界を中心に1988年に設立された国際技術訓練団体。CBT(Computer-based Training)の開発と評価に関わるガイドラインを策定している。

IMS(Instructional Management System) Global Learning Consortium
(http://www.imsproject.org/)
 政府機関、教育機関、コンピュータ・ベンダーなどで構成する非営利組織。分散型Learningに関わるオープンな技術仕様の開発を目的に、1997年に設立された。マルチメディアコンテンツ、ソフトウエアツール、教育機関など学習オブジェクトを管理・検索・関連付け・評価するためのLOM規格を開発した。

ADL(Advanced Distributed Learning Initiative) (http://www.adlnet.org/)
 米国防総省が1997年に開始したWeb-based Learning技術の標準化に関わる産官学の共同活動。

IEEE Learning Technology Standards Committee(LTSC) (http://ltsc.ieee.org/)
 コンピュータを使った教育研修の標準化委員会。1996年に発足。現在、20のワーキンググループが活動中。


(3) 標準化の動向

 e-Learningに標準化の契機が訪れたのは2000年6月であった。ADLがコーディネータとして各種規格のまとめ役となり、AICC、IEEE、IMS Global Learning Consortiumといった異なる規格開発団体がLearning Management Systems(LMSs)とコンテンツの相互互換性確保に向けて協力することで合意したのである。
 また、2000年9月には、米国陸軍が6億ドル規模のウェブ・ポータル「Army University Access Online」の構築にあたりRFP(Request for Proposal)を発行した。国防総省が1997年に開始した標準化活動がADLであることから、このRFP発行をきっかけにベンダーは、落札を目指してADLが策定した規格「SCORM」への対応を一気に進めることになった。

 ADLの役割は、各種規格を統合し、相互互換性とアクセス性、コンテンツの再利用を可能にするためのレファレンス「Shareable Courseware Object Reference Model (SCORM)」作りであり、規格の置き換えを狙ったものではない。
 ADLは2000年1月にSCORMの第一版をリリースし、2001年10月1日には、1.2版をリリースした。このXMLベースの仕様はコンテンツ・リポジトリーとLMSをリンクするもので、IMSのContent Packaging Specificationを包括している。年内には第2版をリリースする予定である。

 このように、SCORMを中心に技術の標準化が進展しつつあるとはいえ、現状ではe-Learning業界にはAICC、IMS、SCORMなど複数の標準化イニチアチブが存在する。
 投資銀行WR Hambrecht + Co(http://www.wrhambrecht.com/)は2001年4月に発表したLMS(Learning Management System:エンタープライズ規模でe-Learningを管理するシステム)の市場見通しに関するレポートの中で、e-Learningの専門調査会社Brandon-hall.com (http://www.brandon-hall.net/)の予測として、2001年末までにLMSプラットフォームの75%がAICC規格をサポートし、59%がIMSのメタデータ・タグ規格に準拠するとしている。
 なお、ベンダー別の規格対応の状況については、WR Hambrecht + Coが2001年4月18日に公表したレポート「eLEARNING: 2001 OUTLOOK FOR THE LEARNING MANAGEMENT SYSTEM MARKET」の中で整理されているので、参考までに表1に掲げる。


表1 主要LMSベンダーのソフトウェア・アーキテクチャの比較
  Web対応 Object指向 規 格 プログラム言語 最大ユーザー数
Click2learn Yes* Yes AICC, SCORM .NET* 750,000
Docent Yes Yes AICC, SCORM C++ 100,000
Isopia Yes Yes AICC, IMS, SCORM EJB 600,000
Knowledge Planet Yes** Yes AICC, IMS, SCORM Java 70,000
Learnframe Yes Yes AICC, IMS EJB 200,000
Pathlore Yes Yes AICC, IMS .NET* 250,000
Plateau Systems Yes* Yes AICC, SCORM EJB* 250,000
Saba Software Yes Yes AICC, IMS EJB* 100,000
Teamscape Yes Yes SCORM EJB 15,000
TEDS Yes* Yes AICC, SCORM Java 240,000
Thinq Learning Yes Yes AICC, IMS, SCORM .NET* 165,000
Vcampus Yes Yes No CFML 400,000
(注)* 移行中、** 要Java applets (出展: WR Hambrecht + Co)



4.企業内教育におけるe-Learningの活用状況


 以上、e-Learningの市場動向やベンダーの概要を見てきたが、実際にe-Learningはどのように企業内や教育機関において活用されているのであろうか。まず企業内教育におけるe-Learningの活用状況について見てみよう。


(1) 業界調査に見るe-Learning活用状況

 ウェブベースの業界専門誌Learning Circuits(http://www.learningcircuits.org/)と T+D Magazine(http://www.astd.org/virtual_community/td_magazine/)が2001年上半期のe-Learningの利用実態に関して読者を対象に行なった調査"E-Learning Survey"によると、2001年上半期の教育・訓練用予算のうち、e-Learningに使われたのは全体の0−10%と答えた回答者が39%と最も多く、続いて10−20%が24%だった。また、e-Learningを導入した企業は市販のコンテンツではなく、カスタム化したコンテンツを利用する傾向が強く、さらにコンテンツ作成をアウトソースする傾向がうかがえる。


図2 教育・訓練用予算に占めるe-Learningの割合(2001年上半期)
2
(出展: Learning Circuits / T+D Magazine)



図3 教育・訓練用予算に占めるコンテンツのアウトソーシングの割合(2001年上半期)
3
(出展: Learning Circuits / T+D Magazine)


 また、業界誌e-learning magazine(http://www.elearningmag.com/)が2001年4月に開催された業界会議参加者に対して実施したe-Learning利用状況に関するアンケート"2001 E-learning User Survey"(複数回答)によると、従来の対面型教育と比較したe-Learningのメリットとして、「時間や場所に限定されることなく利用可能」と回答した人が79%と最も多く、「コスト削減」、「自分のペースで学習可能」がそれぞれ59%で続いた。また、検討課題については、「ネットワーク帯域の不足」、「文化・精神的な拒絶反応」、「相互働きかけの欠如」を挙げる人がそれぞれ53%、51%、39%と多かった。e-Learning導入結果の評価は、「従業員からのフィードバック」が72%と最も多く、第2位は「業務実績の改善」の46%だった。

 さらに、業界誌Online Learning Magazine(http://www.onlinelearningmag.com/)と調査会社IDCが2001年7月に実施した調査"The Road Ahead"によると、回答者の80%以上が何らかの形で社内でe-Learningを利用しており、そのうち82%が「社内の問題解決に役立つ」などとして導入イニシアチブに満足している。利用する理由としては、従業員の受講に便利な点などがあげられている。

 これらの調査は、いずれもe-Learningの業界専門誌の読者や業界会議参加者を対象に行なわれたものであり、産業界全体における平均的な利用状況と比較して利用率や認知度が高目に出ていると想定されることに留意が必要である。この点を考慮に入れると、企業内教育においては依然として対面型教育が主流であるが、e-Learningを導入した企業の評価は比較的高く、今後ネットワーク帯域不足などの課題が解決されればe-Learningの一層の普及が予想される。


(2) 今後の動向

 ユーザーの今後の購買傾向について、上述の業界専門誌Learning Circuitsは、次のように指摘している。


  1. 製品選択の最優先事項はコスト削減: 米景気減速を背景に企業は経費削減をせまられており、従来の対面型教育と比較したe-Learningによるコスト削減効果が購買の最重要条件となる。競争力の強化やリクルーティング、人材確保などの付加価値的なメリットに対する優先度は低くなる。

  2. 購買決定にかかる時間の長期化: 企業バイヤーは知識の積み重ねと同時に、購入決定までに製品比較などに時間をかける傾向が強くなる。

  3. 購買決定の優先度は、コンテンツやサービスの質を差しおいて、価格が第一位に。

  4. 将来的な投資保護を考慮して、業界標準への準拠が購買の条件になりつつある。

  5. 総合ソリューションに対するニーズが高まる: システム統合と管理コストの削減を目的に、コンテンツ、オーサリングなどe-Learningの各コンポーネントを一社が統合して提供する総合ソリューション(End-to-Endモデル)に対する需要が高まる。一方で、各コンポーネントの最適機能を別々のベンダーから導入する「ベスト・オブ・ブリード型ソリューション」に対するニーズもソリューションのカスタム化を求めるユーザー向けに依然存在する。複数ベンダーの製品を統合して提供する「ASP(ホスティング)ソリューション」は、自社の導入コストをおさえてかつベスト・オブ・ブリードの技術を求める企業ユーザーにとって新たな選択肢となりえるが、今のところニーズは小さい。

5.教育機関におけるe-Learning活用のための環境整備


 e-Learningは、教育分野においてはdistance education(遠隔教育)に含まれる。遠隔教育は「講師(Instructor)と学生が、時間的そして物理的に隔離された教育プロセス」と定義されており、これにはテレビ、音声、コンピュータ、コンピュータ会議、ビデオカセットなどを使って提供されるプログラムやコースが含まれる。
 高等教育機関は、ある州で運営を行うにあたり、州当局からライセンスを取得もしくは認可をうける必要がある。基本的にe-Learningコースについても同じで、当局から認可を受けている限り、通常の教育機関と同じく、単位や資格は付与される。ただし、認可の基準は州にまかされており、従来型の教育機関と同じところもあれば、約半数の21の州当局は遠隔教育用に条件や手順を追加している。例えば、「技術インストラクションを使う教授陣にはあらかじめトレーニングを受けさせる」、「教授陣と学生間で適宜、リアルタイムまたは時差をおいた交流機会を設ける」、「学生に対し、学問的サポート・サービスを提供する」などの追加条件である。また2つの州では、e-Learningのプログラムやコースを認可するにあたり、全く新しい基準や手順を設けている。

 クリントン政権は1998年10月、2003年9月30日までのほぼすべての連邦政府による学生援助(Student Aid)やその他の高等教育に関わる重要なプログラムを承認する法律「The Higher Education Amendments Act of 1998(HEA)」を成立させた。
 HEAはdistance educationの定義を説明し、その推進に向けた施策として、オン・キャンパスの学生とdistance learningの学生に対するStudent Aid金額の差の廃止、各種高等教育機関と地域コミュニティや産業界とのパートナーシップを奨励する"Learning Anytime Anywhere Partnership"の推進などを打ち出している。

 また、このHEAに基づいて、幼稚園入園前から高等教育までの幅広い分野を対象にしてインターネットを使った教育のあり方に関する研究を実施するWeb-Based Education Commission(http://www.hpcnet.org/webcommission)が設立され、distance educationの中でも特にe-Learningの推進が明確にされた。
 Web-Based Education Commissionは、Bob Kerrey上院議員を議長、Johnny Isakson下院議員を副議長として1999年11月に調査を開始し、2000年12月に大統領と議会に対して、教育に関する州・連邦レベルでの規制見直しなどの政策提言を含む最終報告書「The Power of the Internet for Learning」を提出した。

 一方、e-Learningを含む遠隔教育プログラムの内容や質を再検査する動きも見られる。
 米国教育省のOffice of Inspector General(http://www.ftc.gov/oig/oighome.htm)は2000年9月、州当局と教育省によって承認された認証機関の協力を得て、遠隔教育プログラムが州で定めた高等教育の条件や質の基準を満たしているかどうかを調査した。その結果、コンピュータを使ったe-Learningについて、成果やカリキュラム、学生支援サービスの質などに重大な懸念が寄せられていることがわかった。この調査では、州当局や認証機関から連邦政府に対して、遠隔教育の質の確保と学生の保護を目的に、以下のような提案や意見も出された。

  • 公正取引委員会に相当するエージェンシーの設立。 州が定める条件や認可基準に準拠した機関を選定する全国規模のシステムの開発。
  • インターネット・プログラム/コースのための国家または連邦レベルの基準策定。
  • 遠隔教育にかかわる州法の強化。
  • 定期的な第3者によるレビュー実施。

 こうした中で、e-Learningのプログラムやコースを評価するサイトも開発された。例えばLguide(http://www.lguide.com/)は、1,400のオンラインコースへ実際に登録し、その結果を有料で公開している。


6.e-Learning導入の具体的事例


 以下に、企業や大学におけるe-Learningの具体的導入事例を掲げる。これら以外にも、例えばe-learning magazineのウェブサイト(http://www.elearningmag.com/)にはいくつかの事例が紹介されており、またAmerican Federation of Teachers(AFT)(http://www.aft.org/)が2001年8月末に公表したレポート"A Virtual Revolution: Trends in the Expansion of Distance Education"には様々な大学の取り組みが紹介されているので、適宜御参照ありたい。


(1) Cisco Systems (出展: http://www.saba.com/

 通信機器大手のCiscoは世界135カ国に38,000人の従業員を抱える。2000年中頃までは、年間平均25社を買収した同社は、毎月700〜1,000人ペースで従業員が増えており、社員教育は急務の課題となっていた。
 そこでCiscoはSabaの製品を採用して、中央管理型の100%インターネットベースのe-Learningプラットフォームの構築に着手した。プラットフォームは、@ 多言語対応、A 異なるユーザーグループのビジネスルールへ対応、B 多様なフォームに対応したコンテンツ配信、C 急増する従業員、顧客、サプライヤー、パートナーを速やかに140のコンテンツ・パートナーと接続させる、ことなどが条件だった。
 CiscoはSaba Learning Enterpriseプラットフォーム製品を採用し、コンピテンシー開発、オン・デマンド型ビデオ配信、自己管理型学習、ライブ機能などを取り入れたシステムを稼動させた。その結果Ciscoは@ トレーニング・コストの40%削減と、A 適材適所の柔軟なナレッジ・コンテンツの配信が可能になった。従業員、顧客、パートナー、サプライヤーへ的確な情報を提供することで、買収後の社員統合が早期に実現するようになり、結果として製品の市場投入が短期化するようになった。


(2) Honeywell/NexWatch (出展: http://www.elearningmag.com/

 Honeywell Internationalの子会社であるハイエンド・アクセス制御技術のNexWatchは、約25年前にセンサーとカード技術を使ったセキュリティ・アクセス制御技術を開発した。現在は世界5万箇所で利用され、ディーラーが販売・導入・サービスを提供している。
 同社は従来は、世界数拠点にディーラーをあつめ、5日間の講習コースを無料で提供していた。ところが、この5日間のディーラーの業務停止で生じる販売機会喪失による損失額は一人あたり3,000ドル、移動費約2,000ドルをあわせるとディーラー1人あたり5,000ドルのコストが発生していることがわかった。さらにコスト以外にも、ディーラーの習得レベルの違いが、講習コース全体の生産性を下げている実態が明らかになった。
 そこで同社は2000年1月、同年4月15日までに代替策を検討・導入することになった。同社はCRKInteractive(http://www.crkinteractive.com/)のe-Learningシステムを導入した。その結果、ディーラーの費用負担は従来の5,000ドルから約1,000ドル(CDなどの教材代として50ドル、ウエブベースの試験実施代として200ドル、1日の対人クラス参加費用を含む)へ大幅に低減した。さらに習得知識の量やレベルが向上し、その結果、Honeywell/NexWatchにかかるディーラーからの問い合わせ電話の量は1年間で半減した。


(3) University of Phoenix Online(UPO) (出展: http://news.cnet.com/

 社会人教育を専門とするApollo Groupは従来型の大学、University of Phoenixを運営するが、UPOはそのオンライン部門である。ビジネスや教育、ITなどの分野でオンラインコースを提供しており、公的機関から正式に認可された大学であるため、もちろん学位も取得できる。 その強みは、従来型の大学をバックに抱え、教授に直に会ってカウンセリングを受けることができることと、カリキュラム作成のノウハウをオンラインでも生かしたサービスの充実である。
 一方、受講者にとっては時間と場所を超えて授業を受けることができるという便利な面があると同時に、コストも非オンラインの従来の教育機関と比較して安価である。UPOの場合、一単位(Unit)の費用は495ドル、MBA取得に必要な単位数は51であり合計2万5,245ドルがかかる計算になるが、これは、一般のトップレベルのMBAプログラム、例えばHarvard大学、Stanford大学、University of Pennsylvaniaの学費と衣食住を含む全ての費用の約半分である。


(4) インディアナ州「Child Care Learning Initiative」 (出展: http://www.in.gov/

 インディアナ州の公共福祉部門Family Social Services Administrationは、児童保護サービス・プロバイダ向けに、ウエブベースで資格取得コースを提供している。これは学校に通う時間がないサービス・プロバイダに対して資格取得の道を開くと同時に、生涯教育の推進支援も担っている。


(5) New York UniversityのVirtual College

 地元New York University(NYU)のSchool of Continuing and Professional Studies (SCPS)(http://www.scps.nyu.edu/)が「Virtual College」と銘打ったオンライン・コースを設定しているというので、私自身もその"オンライン説明会"に参加を申し込んでみた。
 インターネットで参加申込みをすると、数日後にマイク付きヘッドフォーンが送られてきて(誰が費用負担しているのだろうか?)、"オンライン説明会"の数日前に電子メールで具体的な参加方法についての説明が送られてきた。当日は、開始時間までにインターネットで指定されたURLにアクセスし、指定されたパスワードでログインして、音量調整をして待っていると、いよいよ説明会開始である。
 説明自体はパソコン画面上に次々に表示される資料に沿って説明者が音声で行なうので、非常にわかりやすい。また、画面上の小ウィンドウに現在誰がログイン(参加)しているか、誰がしゃべっているのか(しゃべっている人のところに「マイク」マークが表示される)などが表示されており、「挙手」ボタンをクリックすると自分の名前のところに「挙手」マークが表示され、説明者が「マイク」を渡してくれて、こちらから音声で質問もできるようになっている。さらに、「笑い」ボタンや「拍手」ボタンもあって、これらをクリックすると自分の名前のところに「笑い」や「拍手」マークが表示され、臨場感が出るよう工夫されている。説明のあと質疑応答があり、「追加質問は電子メールで」ということで、最後は全員が拍手(もちろんパソコン画面上の)で説明者を称えて終った。
 まさに"オンライン説明会"に参加した十数人があたかも一つの教室に座っているような感覚であったが、実はパソコンの前でお茶をすすりながらリラックスしてヘッドフォーンの音声を聞いているので、実際に教室に居るよりも集中できるような気がした。
 なお、この"オンライン説明会"に参加するためにパソコン等に要求されるスペックは、

  • Windows 95、98又は2000
  • 動作周波数が最低300MHz以上のPentiumプロセッサ搭載機
  • 主記憶容量64MB以上
  • スピーカー/マイクロフォーン端子付き
  • Internet Explorer 5.0がインストールされていること

というもので、特別なものは何もない。また、私は職場のLAN経由でインターネット接続したが、ダイヤルアップ接続(56Kbps)でも問題ないということで、例えば出張先のホテルからでもパソコンからインターネット接続さえできれば参加可能である。


(6) MITのOpenCourseWare (出展: http://web.mit.edu/ocw/

 もう一つ、非常にユニークなe-Learningとしてここで触れておきたいのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のOpenCourseWareと呼ばれる取り組みである。
 MITは2001年4月4日付けで、10年計画で公開ウェブサイトを構築し、MITの2,000講座のほぼ全てについて講義ノート、問題集、概要、試験、シミュレーション、ビデオ講座などを無料で公開すると発表した。すなわち、教授の「メシの種」であった講義資料を無料公開し、MITに授業料を払わなくても誰でもインターネットで講義内容が入手できるようにしてしまおうということである。4月3日付けのニューヨーク・タイムズ紙はこの取り組みを、「他の大学が講座をインターネット大衆に売って儲けようとしている一方で、MITは正反対の道を選択した」と報じている。
 このあまりにも大胆な構想に対しては、いかにMITが先進的だとはいえやはり一部教授陣からの反発もあると聞いており、果たして成功するのかどうかはわからない。仮に「時期尚早」でうまくいかなかったとしても、これは単に「教育にインターネットを活用する」にとどまらず、IT革命の本質は何か、その中で教育は、また大学は如何にあるべきかという問題を提起する、非常に興味深い構想であり、「さすがMIT」と唸らせられる。
 日本の大学改革の中からも是非こうした発想が出てくることを期待したい。


おわりに

 事例紹介のところで触れたように、私自身がオンライン・セッションを体験してみて、e-Learningが非常に身近なものになってきていることを実感した。企業内においても家庭においても、パソコンと通信環境(企業内イントラネットやブロードバンドなどの"インターネット常時接続"環境)さえ整えば、多少インターネットが使える(ウェブサイトのブラウジングができる程度でOK)人であれば、手軽にe-Learningができるようになってきている。
 こうした中でe-Learningは、当初は企業内教育を中心に発展するのだろうが、そのメリット・デメリットを考えると、e-Learningが真価を発揮するのはむしろ社会人教育、それも一般教養ではなくビジネス・スキル系の教育ではないかという気がする。日本も今やゼネラリストの時代からスペシャリストの時代へと移り変わってきており、ビジネスマンの再教育や再雇用支援のための専門教育においてe-Learningは重要なツールになるであろう。

 冒頭に、e-Learningは「インターネット(イントラネットを含む)を活用した学習」と書いたが、実はこの定義は本質的ではない。先々月の駐在員報告で書いた「電子政府」などと同様、IT(インターネット)を課題解決のためのツールと捉える発想からすれば、e-Learningにおいても「IT(インターネット)を活用する」ことが重要なのではなく、それによって何を実現するのかが問われる。したがってe-Learningはむしろ、「各種教育・学習へのITソリューションの適用」ということになる。
 1998年7月(日本では2000年10月)以降、TOEFLは「CAT(Computer Adaptive Test)」というコンピュータ受験に切り替えられ、受験者全員が同じ問題を解くのではなく、コンピュータがリアルタイムで受験者のレベルを判定し、正解が続けばより難しい問題が、不正解が続けばより易しい問題が自動的に出題されるようになり、より正確にレベル判定ができるようになった。(レベルの低い人はひたすら鉛筆をころがす、ということがなくなるわけである。)
 なるほど、ITを活用すれば、全員に同一の物差しをあてはめるはずの「試験」でさえ個々人の能力に応じてカスタマイズされたものにできる。ましてや、個々人の必要性や関心に応えるための「教育」であれば、ITを活用することによる可能性は計り知れない。
 初等・中等教育の規制を主に州政府が行なっているため日本に比べe-Learning導入により大きな困難さを抱える米国が、より良い教育を実現するために真剣にe-Learning導入に向けた改革に取り組もうとする姿勢から、学ぶべきことは大きい。

 個人個人が何を学びたいのか。企業や学校は職員や学生に何を学ばせたいのか。これらが明確であれば、それを実現するための手段を広い意味でのe-Learningが提供してくれるであろう。

(了)

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