
【 2002年12月号 】
〜 米国におけるITSの動向(その2) 〜
JEITAニューヨーク駐在 荒 田 良 平
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はじめに
先月は、米国におけるITS(Intelligent Transportation Systems)の動向として連邦政府によるITSの推進状況やニューヨークにおけるITSの動向について取り上げた。先月の本稿で見たように、ITSには交通制御・交通需要管理や自動車の衝突防止、公共交通や商用車両の管理など様々なものが含まれるのであるが、米国において最も注目されているITSといえば、やはりテレマティックスであろう。そこで、今月は、特にテレマティックスの動向について取り上げてみたい。
4.テレマティックスの動向
(1) テレマティックスとは
ところで、テレマティックスとは何か。
また定義の問題になってしまうのであるが、テレマティックス(telematics)とは、元々はフランス語で通信(telecommunication)と情報処理(informatique)の合成語であるtelematiqueを英語にしたものである。つまり、テレマティックスとは元々はマルチメディア全般、又は特に通信ネットワークを利用した情報サービスを指す言葉であった(「healthcare telematics」などのように使われた)のであるが、その後、少なくとも英語では自動車分野における用語automotive telematicsの意味だけで使われるようになったということである。
現在では、テレマティックスと言えばautomotive telematicsのことであり、例えばITS Americaのウェブサイト(http://www.itsa.org/telematics.html)によると、「テレマティックスとは、車載器やモバイル端末に情報、通信、娯楽を配信する消費者向け製品、サービス及びその支援システムを表す」とされている。
他の文献等を見ても、テレマティックスは概ねこの意味で用いられているようであるが、その具体的な対象(GPSカーナビ?VICS?衛星ラジオ?地上波デジタル・ラジオ?携帯電話ハンズフリー・システム?ETC?遠隔車両診断?)となると、文献によってこれが必ずしも明確ではないと思われるので注意が必要である。例えば、後で出てくる図表16では、日本におけるテレマティックス対応車は4万台以下となっているが、この場合の「テレマティックス対応」とはモネ、コンパスリンク、インターナビ等の狭義の車載システム情報提供サービスだけを対象としておりVICS等を含んでいないのは明らかであろう。
詳細はともかく、「テレマティックス」は、「ITS」がどちらかというとシステム供給者の視点で語られがちな中で、車の利用者の視点で語ることができるわかりやすい分野であると言うことができよう。こうしたこともあってか、米国では「ITS」よりも「テレマティックス」の方が言葉として普及しているように思える。
(2) オンスター(OnStar)の概要
ここで、米国におけるテレマティックスの代表選手とも言える、オンスター(OnStar)の概要について見てみよう。
オンスター(OnStar)(http://www.onstar.com/)は、米国(世界)最大の自動車メーカーGMが1996年に北米市場向けに開始したテレマティックス・サービスである。1996年秋に市場投入されたキャディラックの1997年型3車種向けにサービスが開始されて以来、オンスターはその対象車種を拡大してきており、最新の2003年型モデルでは、ビュイック、シボレーといったGM車(全53車種中44車種)、いすゞ、スバルといったGMグループ企業の車の他、アキュラ(ホンダの米国における高級車ブランド)やアウディ向けにもサービスが提供されている。また、レクサス(トヨタの海外における高級車ブランド)向けにもサービスが提供されており、トヨタはこれを「レクサス・リンク(Lexus Link)」(http://www.lexus.com/lexuslink/)と名付けている。
オンスターのサービスは、図表14に示すとおり3段階に分かれており、基本プランではエアバッグが展開した際の自動通報など緊急時のサービスに加え、通話料金別で音声操作型のハンズフリー携帯電話システムなどが利用できる。また、高額なプランでは、コール・センターのアドバイザによる経路指示などのサービスも利用できる。
図表14 オンスターのサービスの概要
【安全・健全プラン】($16.95/月)
- エアバッグ展開通報〜エアバッグ展開時にコール・センターに自動通報。運転者からの応答がなければ救急隊に車両位置を連絡。
- 個人通話〜自分の携帯電話が使えない場合に利用できる、音声操作型のハンズフリー携帯電話システム。(通話料金別)
- バーチャル・アドバイザ〜上記「個人通話」システムを通じて、事前にウェブで指定した株価、スポーツ結果等の情報に音声操作でアクセス。(通話料金別)
- 緊急サービス〜緊急ボタン一つでコール・センターと通話。車両位置は自動通報。
- 盗難車両追跡〜車両位置を警察に通報。
- 遠隔ドア開錠〜キーを車内に閉じ込めた場合、コール・センターに電話して遠隔操作により開錠。遠隔施錠や、駐車位置を忘れた場合のライト点滅・クラクションも。
- 遠隔診断〜"エンジン・チェック"ライト点灯時や異常音発生時に遠隔車両診断により対応をアドバイス。
- 路側支援〜ガス欠やパンク時に支援を要請。
- 事故時支援〜事故時に要請があれば保険会社や警察に連絡。
- オンライン・コンシェルジェ〜オンラインで主要52都市のショッピング・娯楽等の情報を提供。(車載サービスではない。)
【指示・接続プラン】($34.95/月)
- 上記各サービスに加え;
- 経路支援〜道に迷った時にコール・センターでGPSにより車両位置を調べ目的地への経路を指示。
- 情報/利便〜コール・センターのアドバイザがホテルの斡旋・予約、最寄りのガソリンスタンドやATM端末の紹介等のサービスを提供。
- 乗車支援〜車が運転できない場合に要請があればタクシー会社に連絡。タクシーがダメな場合は家族・友人に連絡。
【豪華・娯楽プラン】($69.95/月)
- 上記各サービスに加え;
- 個人コンシェルジェ〜各種チケット入手などの個人コンシェルジェ・サービス。
(出展: オンスターのウェブサイトより作成)
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図表15 オンスターの契約者数の推移

(出展: オンスターのウェブサイトより作成)
また、オンスターのウェブサイトによると、オンスターの契約者数は2002年5月に200万人に達しており、その推移は図表15のようになっている。図表15を見ると、サービス対象車種の増加に伴い、2000年頃から契約者数が伸び始め、2001年には年間で100万人を超える新規契約者を獲得したことが読み取れる。
米国における自動車保有台数2億台、新車販売台数1,700万台/年(いずれも商用車を含む)という数字から見て、このオンスターの契約者数200万人(100万人/年)という数字を大きいと見るか小さいと見るかという問題はあるが、少なくとも日本における同種のサービスが苦戦している状況と比較すれば、オンスターは健闘していると言えるのではないだろうか。
こうしたオンスターの健闘の要因としては、米国の自動車ユーザーにとって重大な関心事であると思われる「緊急時対応」サービスをわかりやすく手頃な料金で提供したことを挙げることができよう。オンスターの3段階のプラン別の契約者数は不明であるが、確かにこの米国で月17ドルで安全と安心が買えると思えば、払っても良いかなと思ってしまう。(でも、道に迷った時や最寄りのガソリンスタンドを知りたい時のために月35ドル(追加で月18ドル)を払う気には、私はなれないが。)
実際、オンスターは簡素で安価なシステムを採用している。図表14を見てもわかるように、オンスターのサービスを利用するために必要な車載システムは、基本的には「緊急」「オンスター呼出」「通話/切断」の3つのボタンだけを持つ携帯電話とGPS受信機で構成されており、カーナビ/ディスプレイは必要としない。また、ここで利用されている携帯電話システムは、旧来のアナログ方式である。(米国では携帯電話の加入者数で見ると1998年頃からデジタル方式が主流になっているが、オンスターは地理的なカバー率ではアナログ方式が90%であるのに対しデジタル方式は30%しかないと説明している。確かに、携帯電話が通じない場所ではオンスターは機能しないので、地理的なカバー率は決定的な要因である。)
しかし、裏を返せば、こうした簡素でローテクなオンスターのシステム/サービスにあまり発展性や楽しさを感じないのも事実である。発展性を考えた場合、やはり最小限のカーナビ/ディスプレイは欲しいところであるし、これは米国の携帯電話事情からくる問題なのであろうが、アナログ方式の携帯電話に依拠していてはどうしようもない。
本駐在員報告の2002年7月号でも取り上げたように、米国でも遅ればせながらここ2〜3年で携帯電話の普及が進んできており、また小さな地図を表示できるPDA(個人情報端末)もビジネスマンを中心に相当普及しているなど、オンスターをとりまく環境は変わってきていると言える。図表15を見るとオンスターの契約者数は2002年に入って伸びが鈍化しているようにも見えるが、オンスターは次にどのような手を打つのであろうか。今後の動向が注目される。
なお、このオンスターのような緊急時サービスや情報提供サービスは、日本でも警察庁の呼びかけにより民間各社が出資して設立されたHELPNET(http://www.helpnet.co.jp/)のほか、自動車メーカーなどによって行われているが、こうした日本における同種のサービスと比べると、実はオンスターのサービス料金はかなり高い。(緊急通報サービスHELPNETの年会費は4,000円、他の各種サービスの利用料金も、オペレータを介するか否かといったタイプによっても異なるが、オンスターに比べると安い。)
これは、一つには日本の各種サービスの利用料金に通信料金が含まれていない(自分の携帯電話を活用することを前提にしている)のに対し、オンスターには基本的な通信料金が含まれていることによると思われる。
トヨタも日本において、オンスターと同様に携帯電話を持たなくても利用できる新サービスG-Book(http://g-book.com/)を開始している。(料金は定額で6,600円/年とかなり安い。)この米国で今のところ成功している"通信料金込み"のモデルが日本でも定着するかどうかも、今後の注目点である。
(3) 日米のテレマティックスの比較
日本におけるテレマティックスがご承知の通りカーナビと携帯電話を中心に展開されてきているのに対して、米国におけるテレマティックスと言えば現状では上記のオンスターということであり、日米には大きな違いがある。
こうした日米におけるテレマティックスの相違を理解するためには、国土の状況や市民生活における自動車の位置づけ、道路事情、携帯電話の方式や普及状況などの点における日米の相違を理解しておく必要があるであろう。調査会社テレマティックス・リサーチ・グループ(http://www.telematicsresearch.com/)がこうした点も含めた日米(欧)のテレマティックスの相違を簡潔にまとめているので、図表16に掲げておく。
図表16 日米におけるテレマティックスの相違

(出展: Telematics Research Group)
米国で自分で車を運転されたことのある方であればよくおわかりいただけると思うが、米国ではインターステートと呼ばれる高速道路(一部を除き無料)や州道などの道路網が体系的に整備されており、また特に交差点等における道路標示が非常にわかりやすい(道路の行き先が、日本のように地名(「⇒厚木」というように)で表示されるのではなく、基本的には道路の番号と方角(「I-95 South」というように)で表示される)ので、初めて訪れる土地でも道に迷うことが少ない。
米国ではカーナビがあまり普及していないが、確かに米国でナビに1,000ドル以上も払う気になれないのも大いに頷ける。
一方で、これも米国の田舎の一般道をドライブされたことのある方であればよくおわかりいただけると思うが、国土が広く人口密度の低い米国では、少し町を離れると、人家のまばらな田舎道(一般道)を時々車が時速100km近くで走り抜けていく(別にスピード違反をしているわけではない)という状況であり、夜に鹿でも飛び出してきてクラッシュして(これも珍しい話ではない)路肩で気絶していても、翌朝まで誰も気がついてくれないことも十分に考えられる。
こうした中で、米国でオンスターがそれなりに普及するのもまた頷ける。
なお、既述のように、図表16では日本のテレマティックス対応車が4万台以下とされており、日本が非常に遅れているような印象を受けるが、おそらくこの数字にはGPSカーナビやVICSは含まれておらず、自動車メーカー系の(苦戦しているといわれる)車載機への情報提供サービスだけがカウントされていると思われるので、注意が必要である。
(4) テレマティックスの市場規模
テレマティックスの市場規模はどうなっているのであろうか。
テレマティックスの市場規模については、一時期かなり威勢の良い数字が言われていた。例えば、IDC(http://www.idc.com/)は2000年7月の時点で、世界のテレマティックス市場は1998年の10億ドルから2010年に420億ドルにまで成長すると予測し、Allied Business Intelligence(http://www.alliedworld.com/)は2000年11月、世界のテレマティックス市場は2001年に22億ドル、2007年には123億ドルに達すると予測した。また、Frost & Sullivan(http://www.frost.com/)は2001年8月、北米のテレマティックス機器の市場は1999年に6,000万ドル、2000年には3億8,000万ドル(6倍増)であったが、2007年には70億ドルへと成長すると予測した。
クルマ社会である米国では、日本の3倍、2億台を超える自動車が保有されており、人々は週に延べ5億5,000万時間を運転に費やすという。IT関連市場が急速に成長し、家庭や職場にITが浸透する中で、カーラジオかカーステレオしかなかったこの潜在的な巨大市場にIT関係者の注目が集まったのは、当然のことであった。
また興味深いのは、2000年のドットコム・バブル崩壊や2001年のテレコム・バブル崩壊後もしばらくは、テレマティックスに対する期待が盛り上がり続けたということである。ドットコムやテレコムが期待できなくなったIT関係者にとって残された有望分野の一つがテレマティックスだったことが、テレマティックスに対する期待を一層過熱させたということであろうか。
しかし、今年に入って、5月にデトロイトで開催された「Telematics Detroit 2002」で自動車業界関係者等から「テレマティックスに対する期待は過熱し過ぎだ」との声が上がったと報じられてから、テレマティックスに対する過度の期待を戒める論調が出てきている。
その後、6月には、GMのオンスターに対抗するテレマティックス・サービスを開発するためフォードがワイヤレス企業クアルコムとの合弁により2000年に設立したウィングキャスト(Wingcast)社が、フォードの業績悪化に伴う本業回帰の一環として閉鎖された。
フォードはテレマティックスから完全に手を引くということではないようであるが、テレマティックス戦線も他のIT全般と同様、長期戦となる公算が強いということであろう。
つい最近の2002年10月2日に公表されたGartner(http://www.gartner.com/)の調査によると、
- 今後12か月以内に新車にテレマティックス・サービスを選ぶ世帯はわずか1.3%。
- 50%近くの消費者が、次の新車では携帯電話をハンズフリーで音声操作で利用できるテレマティックス・アプリケーションを選択。
- 5分の2近い消費者が緊急時サービスに接続できるSOSボタンを、また3分の1の消費者が盗難車の追跡を希望。
- 車内からインターネットにアクセスし、電子メールを送受信したり商品を購入するテレマティックス・アプリケーションを望む消費者は10%以下。
ということであり、テレマティックスに対する消費者の関心は高まってはいるものの、テレマティックス関連サービスが消費者に受け入れられるのは2005年以降になるという。
(5) テレマティックスを巡る課題
上述のように米国におけるテレマティックスが伸び悩む中で、いくつかの課題が指摘され、または顕在化してきている。以下に、こうした課題について見てみよう。
@ 運転手の注意散漫(distraction)
日本ではカーナビや携帯電話の普及に伴って道路交通法が改正され、1999年11月から運転中にハンズフリー以外の携帯電話を使用したりカーナビ画面を凝視することが禁止されているが、米国でもこの「運転手の注意散漫(distraction)」問題は連邦議会でも議論されるなど大きな問題となっている。ただし、米国ではカーナビがあまり普及しておらず、一方で携帯電話の7割が車の中で使用されるとも言われるので、もっぱら運転中の携帯電話の使用を規制するか否かが議論の中心である。
米国ではご承知のとおりこうした交通法規については州政府が主権を維持しており、2001年6月にニューヨーク州が州レベルで始めて運転中の携帯電話の使用を禁止(ハンズフリーであれば使用可)する法律を成立させ、12月から施行した。その他の多くの州でも、同様の法規制が検討されたようである。(各州の規制立法状況は、全米州議会議員連盟(NCSL)のデータベース(http://www.ncsl.org/programs/esnr/DRFOCUS.htm)によって知ることができる。)
ただし、実際にはその後ニューヨーク州に続いて携帯電話の全面的規制を導入する州は現れておらず、NCSLのMatt Sundeen氏によると、スクールバスの運転手の携帯電話使用禁止(イリノイ州他)、仮免許で運転中の携帯電話使用禁止(ニュージャージー州)など、10州が何らかの関連法律を成立させている状況だという。なお、この10州の中には、ミシシッピ州などのようにとりあえず地方政府レベルでの規制を禁止したというものも含まれており、これは、郡市レベルでの規制が乱立するのを防いだものである。(実際に、オハイオ州ブルックリンなど全米20の郡市で規制条例が成立しているという。こうした地方政府レベルでの関心の高まりが、州政府に規制の検討を促す大きな圧力になっているようである。)
このように、地域レベルでの関心が高まっているにもかかわらず州政府レベルで当初想定された以上に規制導入に手間取っている要因としては、ワイヤレス業界の強力なロビイングがあったという点も見逃せないのであるが、携帯電話の普及が進みその有用性が広く認識されてきたこと、原因が何であれ事故を起こせば運転手の責任だという考え方も根強いこと、そして何よりも、携帯電話の使用が実際の事故とどの程度の因果関係を持つのか(食事や化粧など他の行為と比較してどうか、ハンズフリーが本当に有効かどうか、など)について十分なデータがないことが挙げられるであろう。
世界的に見ても既に24か国で運転中の携帯電話使用が規制されていると言われる中で、各州レベルでバラバラに議論を重ねていてなかなか前に進まないというのが如何にも米国らしいところではある。
もちろん、連邦運輸省や州政府レベルでは、携帯電話の使用など「運転手の注意散漫」と実際の事故との因果関係に関するデータ収集を進めており、一方でテレマティックス関連業界は、法規制の動向をにらみつつ、音声操作・音声応答型のテレマティックス・サービス実現のため音声認識技術の向上などに取り組んでいる。
なお、カーナビの操作・凝視に関しては、2000年1月に自動車関連の標準化団体である米国自動車技術会(SAE)(http://www.sae.org/)の委員会において、「運転中に利用できるナビ機能は操作時間が15秒以下でなければならない」といういわゆる「15秒ルール」(http://www.umich.edu/~driving/guidelines/SAE_J2364_(Draft).pdf)が提案されたが、規格として成立するには至っていない。
A プライバシー保護
先月の本駐在員報告でも少し触れたが、テレマティックスを含むITS全般にとって、プライバシー問題は避けて通れない問題である。
ITSを巡るプライバシー問題としては、携帯電話を利用する場合のユーザーの位置情報や、交通監視カメラや自動料金収受システムから得られる個人・車両がいつどこを通ったかといった情報の取り扱いの問題などが挙げられる。
前者の位置情報のプライバシー問題は、テレマティックスの問題という以前に携帯電話の問題であるが、テレマティックスが携帯電話などの移動体通信システムの利用を前提としている以上は避けられない問題である。この携帯電話ユーザーの位置情報のプライバシー問題は、特に本報告8月号で簡単に御紹介した「E911」(携帯電話からの緊急通報(911)に発信者の位置を自動的に特定する機能を追加するもの)を巡る議論の中で提起され、携帯電話を利用した位置情報サービス(Location Based Services)に対する期待の高まりに伴いそのための環境整備として重視されるようになった。結局、「Wireless Communications and Public Safety Act of 1999」(911法)において、「通信事業者は事前の承認なしに位置情報(911で得られるものに限らない)を他者に開示してはならない」こととされたものの、事前承認取り付けの具体的方法が規定されていないなどの問題点も指摘されている。そこで、ワイヤレス業界団体Cellular Telecommunications and Internet Association(CTIA)(http://www.wow-com.com/)は@消費者への情報提供、A同意取り付け、B情報収集のセキュリティと統一性、C技術的な中立性、の4項目から成る「位置情報プライバシー原則」をとりまとめ、2000年11月にFCCに対しこれを規則として採択するよう請願を行ったが、FCCは2002年7月、「911法の規定は明確であり追加的な規則制定の必要性はない」としてこれを却下している。(なお、本問題については、例えば主要プライバシー保護団体の一つCenter for Democracy & Technology(CDT)のウェブサイト(http://www.cdt.org/privacy/issues/location/)などでフォローされている。)
また後者の交通監視カメラ等により得られる個人・車両情報の取り扱いの問題は、実はITSが普及する以前から潜在的に存在していた問題である(例えばナンバープレートを付けて公道を走っている以上は誰に目撃されても文句は言えない)が、ITの発達により膨大な個人・車両情報の収集・蓄積・検索が可能となるのに伴い顕在化してきた問題である。(日本でも自動車ナンバー自動読み取りシステム(Nシステム)などを巡る議論がある。)米国ではこの問題に関する法的枠組みは存在しないが、ITSを巡るプライバシー問題に対する関心の高まりを受けて、産学官の協議体ITS America(http://www.itsa.org/)が2001年1月に10項目からなる「公正情報・プライバシー原則」を策定しており(図表17)、ITS関連情報を取り扱う者が必要に応じプライバシー・ポリシーを策定するなどして対応しているようである。
図表17 ITS Americaの「公正情報・プライバシー原則」の概要
- 個々人中心(Individual Centered)
ITSシステムはプライバシーと情報利用に関する個々人の関心を認識し尊重しなければならない。
- 情報公開(Visible)
ITS情報システムは個々人から見える形で構築される。
- 遵法(Comply)
ITSシステムはプライバシーや情報利用を規制する州や連邦の法令に従う。
- 安全確保(Secure)
ITSシステムの安全は確保される。
- 法執行(Law Enforcement)
ITSシステムは移動者の安全に対する関心を高めるために適切な役割を担うが、同意、法定された権限、適切な法的プロセス又は法令で規定された緊急事態が無ければ、個々人を特定する情報は法執行当局に開示されない。
- 関連性(Relevant)
ITSシステムはITSの目的に関連する個人情報だけを収集する。
- 匿名性(Anonymity)
可能な場合、個々人はITSシステムを匿名で利用することができる。
- 商用又は他の二次利用(Commercial or Other Secondary Use)
ITSシステムの個人を特定する部分を除いた情報は、ITS以外の用途に用いることができる。
- 情報自由法(Freedom of Information Act)
連邦や州の情報自由法では政府のデータベースからの情報開示が義務付けられるが、個々人のプライバシーと公共の知る権利とのバランスが図られるべきである。
- 監視(Oversight)
司法当局とITSシステムを構築・運用する企業は、各々の企業の「公正情報・プライバシー原則」の確実な遵守を監視するメカニズムを導入すべきである。
(出展: ITS Americaのウェブサイトより作成)
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以上のように、プライバシー保護はITSがユーザーに受け入れられるための前提となる問題である。ただし、もともとプライバシー保護のための基本法が存在せず、金融、医療などプライバシー保護が特に問題となる分野においてのみ個別法で規制を行っている米国においては、ITSを巡るプライバシー問題に関しても、とりあえず必要最小限の法的規制と「自主規制」で対応が行われているというのが現状である。
B ITの信頼性
もうひとつ、やや技術的な課題であるが、ITの信頼性の問題について触れておきたい。
自動車といえば、もちろん基本的には機械技術によって成り立っているのであるが、一方で電子技術の発展とその信頼性の向上に伴いABS(アンチロック・ブレーキ・システム)やアクティブ・サスペンション、更にはACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)や車線逸脱警告システムといった新しい機能が開発・実用化されており、自動車に占める電子部品の割合は増加してきている。こうした中で、テレマティックスに対する期待の高まりから、近年、IT業界が自動車の車載装置市場への注目を高めており、主要IT企業が相次いで市場参入を表明しているのはご承知の通りである。
ところが最近、当初から懸念されていたとおり、自動車が長い歴史の中で培ってきた信頼性の水準とIT業界が日頃慣れ親しんでいる信頼性の水準との相違を指摘する声をよく耳にするようになった。例えばGMのCTOのTony Scott氏は、去る2002年9月30日から10月3日にかけてニューヨークで開催されたインターネット関連のイベント「Internet World Fall 2002」における講演の中で、IT業界が車載装置市場に参入したければ非常に信頼性のある低コストで堅固なハード・ソフトを開発する必要があるが、IT業界はまだその準備が出来ていないと述べたという。また同氏は、自動車には10年間の部品サポートが要求されるがIT業界にはその体制が無いこと、ソフトやハードのアップグレードは簡潔で短時間に出来なければならないことも指摘したという。
こう書けば、既に何のことかはおわかりいただけるであろう。自動車の場合、PCと違って走行中に操作不能になったので「Ctrl - Alt - Del」で再起動するというわけには行かないし、原因不明の故障が発生したのでエンジンを再インストールしてみるというわけにも行かない。自動車ではIT業界でしばしば許される「ベスト・エフォート」では済まないのである。
もちろん、例えば実用化が始まっている車内LANについて見ても、車の基本機能である「走る、曲がる、止まる」を司る制御系LANやその他の電装系LANとテレマティックス車載システムなどの情報系LANは、ゲートウェイを介することにより明確に区別されており、テレマティックス車載システムの不具合が直接的に車の走行に悪影響を及ぼすことはない。しかし、上述のような信頼性の水準の相違は、テレマティックス車載システムの車への「組み込み」のためにクリアすべき課題となっている。
なお、余談になるが、最近「What good is a car WITHOUT Windows?」(ウィンドウズじゃない車がいいだって?)という意味深な広告を打っているマイクロソフトは2002年10月21日、ハンドヘルド用OSであるWindows CEの車載システム版「Windows CE for Automotive」にウェブサービス対応機能を付加した次世代版OSを「Windows Automotive」に名称変更し、2003年上半期に出荷を開始すると発表している。
おわりに
米国のテレマティックスには、最近どうも勢いが感じられない。日本のように組み込み型のナビが普及していないことが、「緊急コール」を超える広がりを生み出せない原因になっていると思われるが、現下の経済状況では、魅力的なコンテンツが無いのに高価なカーナビを購入する人は少なく、ユーザーが少なくすぐに儲からないテレマティックス・サービス向けにコンテンツを開発しようとする企業も少ないので、この状況は当面は変わらないかもしれない。
したがって、テレマティックス車載器としては「組み込み型」のカーナビよりもむしろ着脱可能な(オフボード型又はハイブリッド型の)ポケットPCなどが普及するのかもしれない。
また、むしろカーラジオ/カーステレオの延長としての衛星ラジオ(GMのXMラジオ(http://www.xmradio.com/)やフォードのシリウス(http://www.siriusradio.com/))が昨年から今年にかけて始まっており、既存のAM/FM帯域を用いるIBOC(地上波デジタル・ラジオ)も先日FCCの認可が降りて来年から始まる見込みであり、これら新しいラジオ放送の受信機が当面の車載器市場を牽引することになるのかもしれない。
どうも今ひとつつまらない。日本で始まっているインターネットITSプロジェクト(http://www.internetits.org/ja/)などから新しい世界が開けることを期待したい。
先月と今月の2回にわたってITSを取り上げたが、本文中でも随所で触れたように、日米のITSにはかなりの違いがある。ITSは交通・運輸という巨大な社会システムに対するITソリューションであるとすれば、社会システムの抱える課題が異なればITSが異なったものになるのは当然であろう。日本のITSが米国に比べ相対的に進んでいるのは、裏を返せば、それだけ日本人の中に交通・運輸システムの現状に対する不満が強いということなのであろうか。
(了)
[参照URL]
http://www.onstar.com/visitors/html/ao_features.htm
(図表14関連)
http://www.onstar.com/visitors/html/pr_pressroom.htm
(図表15関連)
http://www.telematicsresearch.com/
(図表16関連)
http://www.aamva.org/Documents/Evt_Presentations/LawInstitute2002/evtCellphonesMattSundeen.ppt
(2.(5)@関連)
http://www.itsa.org/resources.nsf/24aebd36f046a5a58525658d00644198/bad372b260280b3385256818004fe7e3?OpenDocument
(図表17関連)
本稿に対する御質問、御意見、御要望がございましたら、Ryohei_Arata@jetro.go.jpまでお願いします。
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