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ニューヨーク駐在員報告
 【 2003年7月号 】



  〜 「バブル崩壊後のシリコンアレーの現状」 〜

JEITAニューヨーク駐在(JETROニューヨーク・センター)荒 田  良 平


はじめに

今月は、バブル崩壊後のシリコンアレーの現状について取り上げる。
ここニューヨークのIT 産業集積、通称「シリコンアレー」は、IT による地域振興のモデルとして日本でも各種報道、書籍等で取り上げられるなど大きな注目を集めていたが、ネットバブルの崩壊と2001 年9 月のテロの直撃によって甚大な打撃を受け、今や「シリコンアレー」という言葉自体もあまり聞かれないようになってしまった。
2 年ほど前まではちらほらと見受けられた日本からの視察団もすっかり影をひそめてしまった今、敢えてシリコンアレーの「その後」に焦点をあてて現状をチェックしておこうということである。
なお、本稿の執筆にあたっては、ニューヨーク・コアラの田中秀憲氏に聞き取り調査などをお願いしたほか、ニューヨーク大学行政研究所の青山公三氏からも貴重な情報を提供していただいた。


1.シリコンアレーの概要と成り立ち

(1) シリコンアレーの概要
シリコンアレーの「その後」に触れる前に、まず参考までにシリコンアレーの概要とその成り立ちについて簡単に触れておきたい。
シリコンアレーとは、主にニューヨーク市マンハッタンの41 丁目以南(広さは東京で言うと渋谷〜新宿〜池袋一帯といったイメージ)を指すと言われる。1995 年頃からニューメディア/インターネット関連企業の集積が急速に進み、シリコンバレーに対抗して「シリコンアレー」と呼ばれるようになったものである。
バブル崩壊前のシリコンアレーの状況については、ニューヨーク・ニューメディア協会(NYNMA)がプライスウォーターハウス・クーパーズと共同で行った調査「3rd New York New Media Industry Survey」(2000 年3 月)に詳しく、1999 年時点でニューメディア関連企業1,675 社、その従業員56,757 人を抱えていたとされている。
また、同調査によると1999 年時点でのニューヨーク大都市圏におけるニューメディア関連企業数は8,534 社、従業員数はおよそ25 万人にのぼっており、その内訳は「コンテンツ設計・開発」が41%、「電子商取引」が18%など図表1のようになっている。もともとメディア/マスコミ、出版、広告などの業界が集積しているニューヨークの土地柄ゆえ、圧倒的にコンテンツ系が多い中にあって、電子商取引関連企業も相当数存在するという特徴が読み取れる。


図表1 ニューヨーク大都市圏におけるニューメディア関連企業の内訳(1999 年)
図表1
(出展: ニューヨーク・ニューメディア協会/プライスウォーターハウス・クーパーズ)

(2) シリコンアレーの成り立ち
ニューヨーク経済は、1987 年の株大暴落以後、金融不況に陥り、ウォール街周辺の空室率は1995 年8 月には平均で30%に迫っており、この床面積にして約180 万平方メートル(180ha)に及ぶ空室の利用促進のため、新産業の創出が急務だった。
そこで、当時発足したばかりのニューヨーク市のジュリアーニ政権は、1995 年に「ロウアーマンハッタン経済再活性化計画」を策定、地区の新たな方向として「24 時間稼働するハイテク・コミュニティへの転換」を提示し、IT 産業振興のための基盤整備、税制等の支援体制、空きビルのスマートビル化などの施策を打ち出した。また、これに呼応して産業界や大学も様々な支援策や協力を行なった。
この計画を本格的に実現するためのモデルが、1995 年に一部オープンしたニューヨーク情報技術センター(NYITC)であった。ニューヨーク証券取引所の目と鼻の先にあるこのNYITCのビルは、中堅証券会社ドレクセルの倒産で1990年から空きビルになっており、これに目をつけたダウンタウン・ニューヨーク振興組合(ADNY)がビルの所有者に対し、この幽霊ビルをスマートビル化することを働きかけたもの。
NYITC にテナントとして入居すると、固定資産税等の優遇を受けられるほか、ニューヨーク市や電力会社等による各種優遇措置を受けることができ、またNYITCには中古ビルながらもバックアップ用の電力設備、光ファイバー網や高速通信網、LAN、高速度インターネットアクセスのための設備、衛星通信システム等の最先端設備が整備されたため、資金力の乏しいスタートアップのニューメディア/インターネット関連企業が数多く入居することとなった。
また、ニューメディア企業の業界団体ニューヨーク・ニューメデイア協会(NYNMA)が1994年に設立され、メンバーは4,800 社を代表する8,400 名を数えるに至った。NYNMAは、ベンチャー企業向けの資金獲得支援(投資家を集めベンチャー企業がアイデアと経営計画を示す機会を設定)、経営者・技術者教育プログラム(知的所有権、経営、連邦や州の規制・規則の変更、不動産、税制、企業運営法務、技術等)、様々な会員交流プログラム等を実施し、シリコンアレーの発展に重要な役割を果たした。
その他、ニューヨーク市他の公的機関や大学、地元産業界が実施した各種支援策の詳細はここでは割愛させていただく。もちろん、シリコンアレーのすべてのスタートアップがこうした支援を受けたわけではないが、ニューメディア/インターネットによる地域振興への地域ぐるみの取組みが地域の盛り上がりを生み、結局はシリコンアレーにとどまらずニューヨーク大都市圏全体の発展につながったことは確かであろう。


2.シリコンアレーの近況

さて、こうして一躍ニューメディア/インターネットのメッカとなったシリコンアレーは、当然のことながら2000 年春(NASDAQの株価のピークは3 月)に始まったネットバブル崩壊の直撃を受けたわけであり、それに追い討ちをかけたのが、2001 年9 月の世界貿易センタービルへのテロ事件だった。
バブル崩壊後のシリコンアレーの企業数などの状況については、残念ながらニューヨーク・ニューメディア協会なども詳細な数字を発表していない。そこで、参考までに、まずWebmergers.com が公表している全米でのインターネット企業(ベンチャーキャピタル等から資金導入している企業のみ)の倒産・事業停止及びM&Aの件数を見てみよう。(図表2)
図表2 からわかるように、2000 年春以降のネットバブル崩壊に伴うインターネット企業の淘汰は、2001 年半ば頃までに急速に進展し、2002 年半ば頃までにほぼ収束している。
なお、Webmergers.comは、インターネット企業の総数はピーク時で7,000〜10,000社だったと見積もっており、結局その1/2〜2/3が生き残れなかったということになる。
実は、シリコンアレーのベンチャー企業に投資された資金の多くは、ベンチャーキャピタルによるものではなく個人投資家によるものだったと言われており(例えば後述のニューヨーク・ソフトウェア産業協会の調査によると、回答企業のうちベンチャーキャピタルからの投資を受けている企業は数%から十数%といった割合である)、図表2 がそのままシリコンアレーに当てはまるわけではない。しかし、大きなトレンドとしては参考にしても差し支えないと思われる。
なお、ニューヨーク・ニューメディア協会によると、2001 年の同時多発テロ事件後ではシリコンアレー地区のニューメディア関連企業の数は1,000社程度(ピーク時の2/3以下)にまで減っていると言われているようである。


図表2 インターネット企業の倒産・事業停止及びM&Aの件数
図表2
(出展: Webmergers.com)

もう一つ、バブル崩壊後のシリコンアレーの状況を示す数字として、ニューヨーク・ソフトウェア産業協会(NYSIA)が行っている雇用状況調査についてご紹介しておきたい。
NYSIA は、2001 年夏以降ほぼ半年毎に、会員企業に対し雇用状況調査を行って公表している。この調査項目のうち、企業単位で人員を増員している場合を+1、減員している場合をー1、変わらない場合を0として、回答のあった全企業の平均値を算出した指数を図表3に示す。
図表3 によると、テロ事件の直前の2001 年夏時点で0.24(増員する企業が10 社あたり正味2.4 社)であった指数が2002 年初頭には0.14 に落ち込んだが、その後やや改善してきており、雇用状況は2002 年後半には持ち直してきているものと思われる。
これは、上述のWebmergers.com のデータから読み取れる傾向とも一応平仄が取れているようだ。


図表3 シリコンアレーのソフトウェア業界の雇用状況
図表3
(注)指数: 企業単位で増員を+1、減員をー1、不変を0 として全企業平均を算出したもの。
(出展: ニューヨーク・ソフトウェア産業協会)

ただし、それではシリコンアレーの倒産企業の元従業員が再就職先を見つけることができているのかというと、必ずしもそうでもないようだ。
彼らの多くは再就職までの間、無職として過ごすのではなく、持てる技術や知識を有効利用して、臨時請負のエンジニアとして働いたり、コンサルタントとして個別契約での業務をこなしたりしているケースが多いため、失業者としてはカウントされない。対面や経歴を重要視するニューヨークの土地柄であろうが、このように失職した段階でフリーランスと名乗り、名刺にもそう印刷することで対面を保とうとする、失職した元従業員が非常に多い。
ニューヨーク・ニューメディア協会(NYNMA)が催しているネットワーキング・パーティーには、最盛期には500 人が集まり、現在でも200〜300 人が集まるというが、バブル崩壊後はフリーランスとしての参加が非常に多くなったということであり、その多くが実際には再就職先を懸命に捜していると思われる。
もちろん、旧来の大手企業のネットビジネスへの参入により、ホットジョブス(hotjobs)等でもIT 関連の求人は豊富であり、IT 専門の求人サイトやNYNMA などでも、真に優秀な人材は常に求められていることは言うまでもない。
なお、2001 年9 月に起こった世界貿易センタービルへのテロ事件は、まさにシリコンアレー地区内で起こった出来事であったことから、ニューメディア/インターネット企業にも大きな影響を及ぼした。事件後は周辺地域一帯が封鎖されたために、通勤さえ不可能な企業が多く出たし、最終的に移転を余儀なくされたり、資金の投入が凍結され、またクライアントの経営難などのため新規案件が凍結されたといったケースも多かった。
しかし、それでもテロ事件はシリコンアレーの不振の主な原因ではなく、あくまで倒産や従業員解雇のきっかけにしか過ぎなかったと言えるであろう。経営不振の企業は、その理由がテロ事件によるものではなく、そもそものビジネスモデルや経営方針に問題があることが多く、したがってテロ事件以前から経営危機であったところが多かったと言われる。テロ事件後、事件現場の近隣に位置していた各企業に対しては、市当局や国家レベルで各種の手厚いサポートが行われ、これらは好評を博したが、こうしたプログラムを有効利用して経営の再生を果たしたところは少なかったようである。


3.ネット・ベンチャーの顛末(ケーススタディ)

ここで、バブル崩壊によってシリコンアレーがどうなったのかをより具体的に把握するため、シリコンアレーの代表的なネット・ベンチャーのうち8社(コズモ、レーザーフィッシュ、アイ・ビレッジ、プライス・ライン、ダブル・クリック、SNAZ、ミュージック・ブールバード、ウェブ・マインド)について、その顛末を少し詳細に見てみることとする。これら8社は業態も様々であり、その顛末も様々で、これですべてを網羅していると申し上げるつもりはないが、全体としてシリコンアレーの状況をよく表していると思われる。

(1) コズモ(Kozmo)
・企業名 Kozmo
・創業 1997年4 月
・業務内容 オンライン宅配業務
・現在の状況 2001年4月に業務停止。
・破綻理由 ビジネスモデル自体の評価は高く、上場後も都市部では人気が高く、業務そのものは順調であったが、エリアの拡大とライバルとの価格競争で、厳しい経営が続いていた。
会費制などの戦略を取れなかったのが敗因と言われる。
・推移 2000年時点では主要5 都市で営業を行っていた。将来はこれを30 都市にまで拡大する計画を発表するなど、急激なエリア拡大戦略による債務過多が破綻の主たる原因となった。
スターバックス・コーヒー社との5 年間の共同マーケティング契約やその他のファーストフード店、ビデオレンタルのブロックバスター社などとの提携も、利用者にとっては非常に高評価であった。
都市部では黒字化を達成しつつあったが、過疎地や地方での赤字の拡大が、キャッシュフローの行き詰まりを来した。
・MEMO その当初より、ビジネスモデルとしての評価とは別に宅配業務ならではの、商品配達処理手続きの高効率化が必須と言われていた。
2000 年時点で同社従業員数は2,000 名以上。しかし、本社勤務はわずか150 名と、宅配部門の負担が特に都市部以外で大きくのしかかっていた。
最盛期には会員数は40 万人。ボストン、サンフランシスコ、ニューヨークにおいては利益を生み出していたと言われる。
2001 年春に同業ライバル社の「アーバン・フェチ社(UrbanFetch)」を買収、再建を目指すが、直後の2001 年4 月に業務停止。


(2) レーザーフィッシュ(Razorfish)
・企業名 Razorfish
・創業 1995年1月
・業務内容 WEB開発全般/コンサルティングサービス
・現在の状況 大幅に規模を縮小して事業継続中。
・破綻理由 内部の経営権争いと、経営戦略の混迷。景気後退による受注金額の低迷。
・推移 多額の資金を元にライバル社を次々と買収し、巨大企業化した。
2000 年夏に経営陣の内部で衝突があり、組織内の混乱が発生。その後事業を拡大する方向に走るが、景気後退に押され徐々に縮小化。
1997 年に高額なSOHO 地区のオフィスに移転したことや、移転した際の常軌を逸したパーティーなど、若年層の起業家が陥る問題点を漏れなく抱え込んでいたと言える。
・MEMO 大手投資グループのオムニコム社の第一期投資対象企業の一つ。しかしその後投資家グループとの軋轢や、同様にオムニグループより投資を受けた幾つかの企業との提携など、起業家の意に沿わない指示などにより、経営者らは次々と離脱。その後も経営は一時混迷を極めた。
初期のWEB デザイン業から、徐々にインターネット関連のコンサルティング業務にまで事業を拡大。買収した企業のクライアントを軸に売り上げを伸ばした。
しかし2000 年には初のマイナスとなった為、2001 年2 月には全従業員数の約20%にあたる400 名という大規模な解雇を実施。メーカーやソフト会社などの直接営業との競争は、現在も厳しい。
最盛期には世界8 カ国に14 オフィスを構え、各国での提携企業も多かったが、現在では可能な限り縮小の傾向。
2001 年にはケーブルテレビ局HBOの自社番組用サイト開発を受注し、またワイヤレス化への対応を押し進めるなど、新たな分野への意欲は十分ではある。


(3) アイ・ビレッジ(i-Village)
・企業名 i-Village
・創業 1995年9月
・業務内容 女性をターゲットにした課金制コミュニティサイトの運営
・現在の状況 経営継続中。しかし経営は厳しく、株価も低迷。
・破綻理由 内部の経営権争いと、経営戦略の混迷。景気後退による受注金額の低迷。
・推移 ウーマン・ドットコムなどのライバルとの競争と、早期に実施した課金制が利用者離れを加速し、かつ有効なスポンサーや売り上げを維持できなかった。1999年には1億ドル近くの損失を計上。投資家などからの非難を受け、資金が枯渇した後に事業を縮小。
・MEMO 2001年迄の経営に関し、投資家らが証券会社のメリル・リンチ社を相手取り証券詐欺に関しての訴訟を起こすなど、問題の多い経営であったことが判明。
その後はユーザーの年齢層を高めに設定し、医療関連からのスポンサーを取り付けるなど、新展開に着手。2000 年7月にはベビー用品ネット・ショップのBabygearにi-Baby部門を売却するなど、経営のスリム化と再編を行い続けている。
しかし常に女性向け雑誌の出版社や放送局などの各種メディアによる買収の噂が絶えない。
ライバル各社も同様に低迷する中、再度のビジネスモデルの大きな転化を図らなければ、今後の再上昇も難しいと見られる。


(4) プライス・ライン(Priceline)
・企業名 Priceline
・創業 1998年4月
・業務内容 オンラインの航空券チケットの逆オークション販売
・現在の状況 業務継続中であるが、業績は低迷中。
・破綻理由 業務の多角化に伴う顧客サービスの低下による利用者離れ。同時多発テロ事件による旅行利用者数の落ち込みと、ライバルの攻勢に対する対応不足。
・推移 その業務形態と、法律分野に熟知した知的財産権の保有方法など、その起業初期には大きな話題となった。
その後航空券以外にも自家用車や自動車用ガソリン等、複数の商品を扱うようになってきたが、購入したチケットが交渉価格で買えなかったりするトラブルが続発。訴訟も含めた問題となり、評価は低下。
当局の査察が入るなどすると共に、航空券は格安販売サイトが、他商品は大手物販業の参入が打撃となり、売り上げは低迷。
同時多発テロ事件による旅行業全体の落ち込みと、航空会社の破綻を機とした航空会社自らのチケットの格安販売が、同社の凋落を更に加速した。
・MEMO 取扱商品の多角化と期を一にする顧客サービスの問題が、サイト離れを促してしまった。それまでの徹底したコマーシャル攻勢の負担や、チケット販売後のサービスのトラブルなどから、一時はサイト閉鎖の危機にまで見舞われたが、その後堅実な経営を軸とした再建の努力によって、2001 年第1四半期に黒字を計上した。
交代した経営陣による軽量のラジオ・インターネット宣伝は経費負担を減らし、かつ認知度を上げながら好感度を増したといわれる。
親会社のウォーカー・デジタル社は知的財産権のみを扱い、幾つかの別業種も運営。サイト運営のフランチャイズなども行う。


(5) ダブル・クリック(DoubleClick)
・企業名 DoubleClick
・創業 1996年2月
・業務内容 オンライン広告のネットマネジメントサービス
・現在の状況 経営継続中。現在は良好。
・破綻理由 オンライン広告がTVやラジオのように広告媒体として認知される前に個人情報関連の訴訟などに巻き込まれて、本来の業務に支障を来した。更には不景気傾向とも相まって厳しい経営が続いた。
・推移 アトランタでの起業後シリコンアレーに移転。同業のモデム・メディア・ポッペ・タイソン社の一部門と合併。2000 年初頭に個人情報の取り扱いに関して訴訟問題となり、投資家や銀行などからも不安視されたのち、年末には大量解雇を実施し、経営をスリム化。
また既存の大手広告代理店やテレビ局/出版社など広告シェアを奪い合う業界から圧力もあったと言われる。
しかし地道な経営努力と適切な経営判断により2002 年第1四半期には遂に創業以来の実質黒字を計上し、その後も利益を伸ばし続けている。
・MEMO 経営者には過去にも十分な企業経営の実績があった、希有な例。その為、大きな経営ミスは見られず、景気と訴訟による打撃が大きな問題であっただけである。広告主の意向に沿って複数のサイト上で広告バナーを順にローテーションさせていく手法で成功した。
WEB独特の広告戦略で、オンライン・マーケティングの草分けといえる。


(6) SNAZ
・企業名 SNAZ
・創業 1999年
・業務内容 モバイル機器でのショッピングカートサービス
・現在の状況 2001年8月業務停止。
・破綻理由 モバイル機器の普及の遅れによる、顧客の獲得不足。
・推移 2001年にモバイル関連へ業務をシフト。その後は順調に業務を拡大していった。
目的別、かつ複数の店舗にまたがるショッピングリストの制定が出来るショッピングモールや、電子財布(モバイル・ウォレット)が利用可能であるなどの各種サービスは一部利用者には好評であったが、なにぶんワイヤレス機器の普及の遅れは、利益を生み出すほどの利用者の獲得には厳しい状況であった。
・MEMO 創業者の兄弟がショップリスト・ドットコム(ShopNList.com)として創業。販売主からの多様なe コマース関連の情報ポータルとして業務を開始。
2001 年3 月からモバイル関連のe コマース分野に特化。
ビジネスモデルの評価は悪くはないが、少なくとも数年ほど時期尚早だったと言われる。
モバイル機器へのビジネスモデルの変更後は、Palm、AT&T、Nextelなどの大手と10 件程の大きな案件の契約を成立させていた。
それら顧客企業のインフラ整備を進めてきたが、その成立前にキャッシュフローの悪化による経営危機が訪れた。
しかし同時多発テロ事件前まで、ワイヤレス関連は業務低迷による破綻が少なく、将来への期待は大きかった。競争も比較的少ない分野であり、近年の携帯電話の普及率などに鑑みると、当面の運転資金が用意されていれば、現在でも成長を続けていた可能性は高い。


(7) ミュージック・ブールバード(Music Boulevard)
・企業名 Music Boulevard
・創業 1996年
・業務内容 オンラインによる音楽データの配信とCD 販売
・現在の状況 業務停止。
・破綻理由 同業ライバル社のCDNOW社による事実上の買収。
・推移 同ブランドを保有するN2K 社が、1999 年3 月に同業ライバル社のCDNOW社と業務提携。
その後営業活動に関して同社名に統一。ミュージック・ブールバードとしては業務停止。
その後ナップスター/MP3 関連の音楽業界サイトの再編成の流れに則って、独の音楽業大手ベテルスマンAG(Bertelsmann AG)に吸収された。
・MEMO 音楽業界はナップスター等によるMP3データの配信を問題の中心点とする多くの訴訟と、業務提携や買収などの業界の再編成、法的措置や淘汰などを繰り返してきており、ビジネスモデルの有効性だけでは容易には企業経営が成り立たなかった。
同社を保有していたN2K 社は販売窓口としてミュージック・ブールバードの名前を有効利用したいと考えていたが、CDNOWとの提携までには利益を計上できず、買収のやむなきに至った。
一方、音楽業界の一連の訴訟騒ぎは、例えばCductive 社のような優れたビジネスアイディアをも葬り去り、また事実上不法のMP3データの再配布を行うことが出来る、所謂P2P サイトの隆盛を引き起こすこととなった。
ベテルスマン傘下となった後も、CDNOW のサイトと名前は存続しており、ビジネスモデル自体は特に大きな問題を内包しては居なかったことが分かる。


(8) ウェブ・マインド(Webmind)
・企業名 Webmind
・創業 1997年
・業務内容 株価予測のための人工知能開発
・現在の状況 業務停止。
・破綻理由 開発資金の枯渇による破産。
・推移 実際の社名はインテリ・ジェネシス社と言い、ウェブ・マインドは商品名とサイト名/ブランド名である。
ウェブマインド(インテリ・ジェネシス)は同名の株価予測のための人工知能応用のソフトウェアを開発するために設立された、技術/開発を主とする、シリコンアレーでは珍しいIT ベンチャーである。
2000年6月にはネットカレンツ社と提携しネット上での話をモニターできるサービスを提供するなど新しい技術を軸にしたサービスに着手していた。
最盛期には100 人以上の社員がいたが、開発の遅れから解雇を繰り返し、また事業よりも研究中心の経営が結果として破綻を招いた。
起業家とそのグループは、資金が枯渇したあとも新規の投資家や起業のサポートを模索していたが、2001年4月に破綻した。
・MEMO 元教師のガーツェル氏により起業されたインテリ・ジェネシス社は、設立時に投資家や投資機関から2,000 万ドル以上を受け取った。しかし2001 年にはその資金が底をつき、途中で開発を断念した。
また数各国から多数の開発者を雇ったことで、文化的民族的トラブルを回避できなかったことも、破綻の理由として挙げられている。
同社には株式市場の動向を正確に予測できる人工知能の開発が可能であると期待されていたが、実際には研究先行の開発では投資回収の目処が立たず、また開発途中での再三のレイオフなどが残った従業員の志気を失わせ、一層開発が滞るようになり、破綻となった。


4.シリコンアレーの不振の原因

上記のケース・スタディからも窺えるように、シリコンアレーでの失敗例の多くは、「@単なるバブル的な投機に過ぎなかった」ものを別にしても、「A経営そのものよりも周辺事項に人的資源や資金をつぎ込みすぎた」、「B経営能力の無い起業家がそのまま経営を続け結果破綻した」など、本来のビジネス以外の部分での要素によるものであり、シリコンバレーのように、堅実な経営をしていながらも顧客の獲得に失敗したり、戦略の誤りによる売り上げの低迷、もしくは開発・環境整備資金の枯渇でやむなく経営をあきらめる、など一般の企業でも見られる要因で破綻してところが多いエリアとは一線を画す。
つまり、シリコンアレーのネットバブルとは投資のバブルが中心であり、堅実かつ適切な経営判断があれば事業は順調に推移することは幾つかの事例が示している。
こうしたシリコンアレーにおける失敗の背景として、以下のようないくつかの地域的特徴をあげることができるであろう。

【社会的な地位や金銭的な成功を優先する風土】
シリコンアレーに働く人々の多くが、社会的な地位や金銭的な成功を優先しており、ビジネスモデルの選択や経営方針の判断などの基準が、これらを前提として判断されてきたきらいがある。つまり、シリコンアレーでは、金融街やマスコミで働く莫大な給与と社会的地位を手にする人々に対抗するための手段として、ネット・ベンチャーの起業が選択されてきたという面がある。
アメリカでの起業に関して、よく、『失敗しても再度チャレンジできるため、優秀な人材が経験を積むことができ、結果として良い企業が育つ土壌となっている』と言われるが、ニューヨークにおいては残念ながらこれは当てはまらないのではないかと思われる。
ニューヨークはかなりの学歴社会であると共に、その経歴などを重視するため、一度大きな失敗をした経営者や倒産企業に勤務していた役員等はあまり歓迎されない傾向が強いと言われる。このように、学歴や職種に対する上下意識が強く、また成功者の華やかな生活や社会的な地位を目にしやすい環境にあって、ネット・ベンチャーの起業があくまで成功者としての地位を得るためだけの手段となっていた面が見受けられるということである。
シリコンアレーでも、例えばガールショップ・ドットコム(Girlshop.com、1998年創業)のように、少額の初期投資($15,000程度。サイト開発者への謝礼と言われる。)と少人数の従業員(現在でも10 名程度)に留めて堅実な経営を行っているところは、順調に業績を伸ばしている。しかしこのような質素で、堅実な形での成功は、シリコンアレーでは、その黎明期においては成功とは見なさない起業家が多かったのも事実である。

【高額な弁護士/会計費用やオフィス賃料】
そもそも、シリコンアレー近辺は金融中心の街であり、その法律事務所なども大手の金融機関や投資家達を主たるクライアントとしてきた。会計を受け持つ大手会計事務所のKPMGやアーサー・アンダーセンなどもその事務所の規模や受注金額は莫大であり、起業直後のベンチャーには負担が大きかったことは否めない。
ウォールストリートにある、起業に際しての法務などを受注していた中堅の法律事務所によると、通常シリコンアレーの新進企業の規模の中小企業であれば$100〜$125 で受注し、社内ではアソシエートに処理をさせる種類の業務でも、ドットコム企業であれば、どんなに企業の規模が小さいところでも$300 以上の経費を要求し、必要以上の法務書類を整えて来た傾向があるという。
また、かつてアーサー・アンダーセンに勤務し、現在は他社に移った会計士によると、かつて多く起業されたIT ベンチャーの多くが、導入された資金を経営資源よりもオフィスや経営陣の給与、各種のパーティーなどに費やす傾向があったことを認めると共に、多くの会計事務所がそれを理解した上で、節税のために各種の配慮を行っていたであろうという。
一方、シリコンアレーの初期には上述のNYITC のように賃料を低く抑え、または各種の補助を用意して起業家達への便宜が図られていたものの、起業家が潤沢な資金を得るようになると、投資家へのアピールや自己顕示のため、既に高額になっていたSOHO 地区などに高額な賃料を支払い入居する新進企業が目立つようになった。
こうした実際のビジネスとは関わりが少ない付帯費用の高騰化が、IT ベンチャー企業の経営を圧迫した事例は多いと思われる。

【人材の確保の難しさ】
シリコンバレーやシアトルなどの地域で顕著に見られるように、インド、中国等アジアの人的資源はIT 分野では欠かせないものとなっている。しかし、リベラルな地域であるとはいえ、アジアや中国への注目度が相対的に低いシリコンアレーでは、安価で優秀なアジアの人材の利用が進まなかったという。
また、SOHO 地区などに多い、アーチストやデザイナーなどの人材が起業したケースでは、狭い社会でのコネクションしかなかったとの指摘もある。
さらに、シリコンアレーの起業家の多くは、事業を興すというよりも、裕福になることや著名になること等の野心が優先し、誰かの下で働くくらいなら起業する方を選ぼうとするため、多くの起業家は優秀なスタッフを確保するのが困難であったとも言われる。

【資金の導入方法】
シリコンアレーでは当初から外部からの資金導入を前提で起業するケースが多く、起業の業務の多くが資金源との折衝となり、特に当初の人的業務の多くが実際のビジネスの構築や熟成には関わりがないケースも多かった。
そしてその資金源も、資産家や一部のパトロンを重視し、適切な資金を提供しかつ各種のサポートも得ることの出来る純粋なベンチャーキャピタルや銀行などからの支援はあまり得ていなかった。
これは、起業家の多くが事業自体の成功ではなく、自身の名声や支配権を維持することに固執するために、これらを手放す可能性がある資金元を嫌っていたためであると思われる。


おわりに

もちろん、シリコンアレーにも堅実な経営を続けているベンチャーも多い。EBPass 社/Media Japan 社の森健次郎氏やBusium社の谷口佳久氏、山脇智志氏など、引き続きシリコンアレーで頑張っていらっしゃる日本人起業家もいらっしゃる。シリコンアレーのネット・ベンチャーの多くが破綻したからといって、インターネット関連の起業自体に問題があるわけではないことはもちろんである。
ただ、結局シリコンアレーにおける多くのネット・ベンチャー起業の根底には、日頃目にする金融街やマスコミで働く華やかで金持ちで社会的地位を得ている人々に対する対抗手段としての動機が多かれ少なかれあったことは否定できないであろう。
思った以上に学歴社会であり、体面にこだわり、経歴に傷がつくことを嫌い、「事業に失敗した人にもその経験を生かすべく再チャレンジのチャンスが与えられる」などという西海岸でよく聞かれる「きれいごと」が通用しないニューヨークだからこそ、「成り上がり」の手段としてネットバブルがあれ程加熱し、あっけなく崩壊したということではなかろうか。
良くも悪しくも、それが「アメリカであってアメリカでない」ニューヨークである。

(了)

(参考文献)
長野弘子「シリコンアレーの急成長企業」インプレス
金野索一「ネットビジネス勝者の条件」ダイヤモンド社
青山公三「IT 大国アメリカの真実」東洋経済新報社
New York New Media Association/PricewaterhouseCoopers「3rd New York New Media
15Industry Survey」(2000 年3 月)(図表1 関連)
(参照URL)
http://www.webmergers.com/data/article.php?id=67(図表2 関連)
http://www.nysia.org/memservices/employtrain/nysia_surveys.cfm(図表3 関連)
本稿に対する御質問、御意見、御要望がございましたら、arataryohei@jetro.go.jpまでお願いします。



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