
【 2003年9月号 】
〜 米国におけるユーティリティ・コンピューティングの動向 〜
JEITAニューヨーク駐在(JETROニューヨーク) 荒 田 良 平
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はじめに
今月は、米国におけるユーティリティ・コンピューティングの動向について取り上げる。
IBMが2002年2月にAmerican Expressとの間で7年間「基本料金40億ドル+使用量に応じ追加課金」というITアウトソーシング契約を締結して以来、使った分だけ支払うという「ユーティリティ・コンピューティング」が新しいビジネスモデルとして注目されてきており、最近のBusinessWeek 8月25日号でも注目すべき4つの技術潮流の一つとして取り上げられている。「ITのユーティリティ化」という、いかにもコンサルティング・ファームが飛びつきそうな言葉が先行しているきらいもあるが、実際にはどうなっているのであろうか。一度整理しておこうということである。
また、こうしたITのユーティリティ化の流れを反映して、2003年5月にHarvard Business Reviewに「IT Doesn’t Matter(ITは問題ではない)」というIT業界にとって刺激的な論文が掲載され、大きな波紋を呼んでいる。これについても簡単に御紹介することとする。
なお、本稿の執筆にあたっては、Gaean International Strategiesの原口健一氏に資料収集・整理などの面でお世話になったほか、Original Project Inc.の森本健氏やCSKの鈴木奏氏などからも貴重な御示唆をいただいた。
1.ユーティリティ・コンピューティングとは
(1)定義
「ユーティリティ・コンピューティング」とは、一般的には、サービス提供業者が顧客企業の必要としているコンピュータ処理能力を需要に応じて提供するサービス形態を指す。コンピュータ処理に使われる各種機器および周辺サービスの使用量や使用時間に応じて料金が決定されるため、コンピュータ処理能力の「ユーティリティ(電気・ガス・水道等)化」ととらえられている。
ただし、サービス内容や課金方法など「ユーティリティ・コンピューティング」が具体的に意味するところについては、主要サービス提供業者の間でも統一されているわけではなく、概念先行という感は否めない。ちなみに、IBMはむしろ「オンディマンド」という言い方を好んでいるようであるが、ユーティリティ・コンピューティングとオンディマンド・コンピューティングのどこがどう違うのか(同じなのか)もよくわからない。
本稿ではユーティリティ・コンピューティングを、オンディマンド・コンピューティングとほぼ同義語であるが、コンピュータ処理能力の使用量に関する顧客の自由度・柔軟性やきめ細かな従量制課金方式などの側面を強調した用語として用いることとさせていただく。
(2)オンディマンドITサービスの経緯
「ユーティリティ・コンピューティング」と言うと新しいサービスのように聞こえるが、オンディマンドによる様々なITサービスの発想は、既に1990年代から存在していた。これらは大別すると、そのサービス内容によって、@ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)、Aホスティング事業者、BSSP(ストレージ・サービス・プロバイダ)、C高性能コンピュータの処理性能の外販、に分けることができる。
@ ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)
1990年代後半当初、IT業界はコンピュータの性能を外部から提供できるほどの水準に達していなかったため、ソフトウェアの提供から始まった。そこで台頭したのが、高額のビジネス・アプリケーションをサーバー上で走らせ、顧客にそのアプリケーション・サーバーにアクセスして利用してもらうというASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)だった。
一時的なブーム時に比べると、現在はASP業界は低迷気味にも映るものの、企業向けASP(ERM:統合業務管理、CRM:顧客管理、eコマース・アプリケーションを含む)は、コスト・パフォーマンスを重視する企業が増える中、今後も堅調に成長すると見られている。
A ホスティング事業者
1990年代後半に登場したExodus Communicationsに代表されるホスティング事業者も、広義ではオンディマンド・サービスに含まれる。ホスティング事業者は、IDC(Internet Data Center)と呼ばれるホスティング専門の私設データ・センターを運営し、ハードウェアやウェブ・アプリケーションの保守管理を顧客の需要(ハードディスクや通信帯域幅)に応じて提供してきた。
B SSP(ストレージ・サービス・プロバイダ)
こうした中で、IDC自体がストレージの保守管理をSSP(ストレージ・サービス・プロバイダ)に委託するという複合型のビジネス形態が登場した。SSPがハードウェアの提供を担当し、使用量によってIDCに課金するという図式である。そしてさらに、IDCが自社の基幹施設使用の度合いによってさらに顧客から課金するという仕組みができあがった。
しかし、SSPとIDC市場は、2001年に業界最大手Exodusが破綻したことを境に一気に冷え込んだ。調査会社Evaluate Groupによると、2001年に56社存在した新興SSPのうち、2002年7月時点で生き残っていたのはわずか10社であり、結果的にはIBMやHPのようにハードウェア一式を提供できる事業者が通信事業者大手と提携して市場を占有する図式ができあがっている。
C 高性能コンピュータの処理能力の外販
コンピュータの処理性能は年々進化する一方、その機材のアップグレードと保守管理に莫大なコストを要するようになった。そこでコンピュータ・メーカーは、新規事業として、自社で保有する高性能コンピュータ、特にスーパーコンピュータの演算処理能力を切り売りするようになった。企業によっては、1990年代中盤からメインフレームの処理能力をGBおよびMIPSを基準に外販している。
ユーティリティ・コンピューティングとは、こうした様々なオンディマンドITサービスの延長線上にある概念であると言うことができよう。
コンピュータ技術の進化と経済低迷によるIT支出の削減は、多くの企業にアウトソーシングという形態を選択させる原動力となっている。そして、アウトソーシングの形態も、これまでのように初期コストをかけて業者に依頼する方式から、むしろ企業が初期コストをすぐにROI(投資収益率)向上に結び付けることができるオンディマンド方式へと移行していくと考えられている。こうした中で、その究極の姿としてのユーティリティ・コンピューティングに対する期待が高まっているというわけである。
なお、本格的な(使用量の増減の自由度・柔軟性が大きく洗練された従量制課金方式を採った)ユーティリティ・コンピューティングの実現のためには、その技術的基盤として、ネットワーク上の複数のコンピュータを仮想的に1台の大型コンピュータとして運用する「グリッド・コンピューティング」や、XML等の標準に基づきネットワーク上に分散したアプリケーション・ソフトウェアを連携させる「ウェブ・サービス」といった技術の一層の進展が不可欠であると言われる。こうした技術的観点からすると、電気・ガス・水道と同様の感覚での真のユーティリティ・コンピューティングが実現するには、少なくともあと10年はかかるであろうというのが、一般的な見方である。
2.ユーティリティ・コンピューティングのビジネスモデル
(1)サービス・モデル
企業のコンピュータ・システムは、通常、フロントエンド・サーバー層(端末利用者が実際に利用するドキュメントの配信等)、アプリケーション・サーバー層(ビジネス・ロジックの実行・分析及びシミュレーションの実行)、データベース・サーバー層(データを保守管理しアプリケーション・サーバー層に提供)、ストレージ層(データの保存)の4つの部分(層)に分類できる。
ユーティリティ・コンピューティングは、導入側企業がこれらのうち何を必要としているかに応じて、機器やソフトウェア、アプリケーション、ストレージ・システム、そして通信網のスペックを決定し、必要と判断された機器を顧客先に設置する。例えば、最も典型的なサービスの場合、演算処理能力やデータ保存および管理がオンディマンドで提供され、顧客先には、サービス提供側のスパコンやメインフレーム、ストレージ・システムに接続するための汎用コンピュータと通信機器、それらを操作するためのアプリケーションおよびソフトウェアが最初に納品される。
一般的に、ユーティリティ・コンピューティングのインフラ関連サービスは、下記のネットワーキング、演算処理能力、ストレージの3つに大別して考えることができる。それぞれに特化したサービスを提供している事業者もあるが、IBM、HP、EDS、Sun等の大手事業者が必要に応じてM&Aを行いながら、これらの全部または一部を組み合わせてサービスを提供している。
@ ネットワーキング
通信帯域や高度なネットワーク管理システムを提供する。代表的企業はInkra Networks(www.inkra.com)。
A 演算処理能力
プロセッサの演算処理能力や保守管理を提供する。代表的企業はEjasent(www.ejasent.com)、Terraspring(2002年11月にSunが買収)、ThinkDynamics(2003年5月にIBMが買収)、Jareva Technologies(2002年12月にVeritas Softwareが買収)、Moonlight Systems(www.moonlight.com)。
B ストレージ
ストレージ容量や保守管理サービスを提供する。代表的企業はStrageNetworks(2003年7月末をもって会社清算中)。ストレージ分野はすでに、多くの企業が撤退あるいは方針転換を余儀無くされている。業界内ではストレージを従量制で提供するビジネスモデルは失敗したとの見方が定着。原因としては、ストレージ機器の値段が大幅に下落したことと、自社データを第三者へ預けることに対する不信感が考えられる。
(2)課金モデル
最も典型的なユーティリティ・コンピューティング事業の課金モデルは、契約時に決定された必要な機器の設置に対する月極基本料金と、使用される演算処理能力やストレージ容量、通信網の帯域幅の量に応じて変動するサービス価格の2つに大別される。さらに、後者のサービス価格の算定根拠は、予測使用量、容量のオンディマンド、実際の使用量、という3種類に大別できる。
@ 予測使用量
顧客企業が自社のITメトリクス(取扱量、利用者数、CPU個数、ストレージ容量)や事業計画(売り上げや利益)に応じて必要となるであろう処理能力や各種容量を予測し、その予測値をもとに料金と支払い方法を決定する。これによって、想定収益に沿った支払い方法やコストを顧客側が組み立てることが可能となる。
この場合、実際の使用量が予測使用量と異なっても、支払額はあくまで当初の予測値に基づいて決まる。また、データ取扱量が突発的に増加する場合でもシステムをアップグレードする必要がない。ただし、サービス内容はあくまでも顧客側の申請に応じて提供されるため、サービスが対応しきれない状態になったとしても、予測値通りのサービス内容が提供されている限り、責任は顧客側にある。
予測使用量制の実例としては、HPの「Utility Data Center(UDC)」がある。同社はUDCに予測使用量モデルを採用して、高位UNIXサーバーおよびストレージ・サービスをCPUとストレージ容量に応じて提供している。
A 容量のオンディマンドによる支払い
この方法では、ITメトリクスの増加に応じて新たなコンピュータ資源(CPUやメモリー)を追加していく。支払い額以上の性能を速やかに確保でき、短期における急激な取扱データ量の増減に対して柔軟に対応できる。契約期間中に使用状況の査定を行い、随時調整が可能である。取扱データ量の減少に対しては、すぐさま対応することで過剰インフラ・コストを抑えることができるが、逆に、取扱データ量の急増に対してはそれが起きてからの対応となる。
この方法では、サービス提供側が顧客企業と責任を共有することになる。HPの「Instant Capacity on Demand(iCOD)」がそれにあたる。HPは、同サービスを「プリペイド方式」で販売する独自方法を採用している。同サービスでは、顧客がHPから使わせてもらっているスパコンのCPUを常時自由に作動させたり停止させたりすることが可能である。HPの同サービスは30日間の使用料金が3,400ドルで、月の中旬までに電子鍵(HPが顧客にあらかじめ送信してある)で停止すると、顧客が電子鍵で再度作動させるまでHPはそのCPU機能とシステムをスケール・ダウンし、料金も減額される。ユーティリティ・コンピューティングでスケール・ダウンに対応するサービスはHPとUnisysしか提供していない。
B 実際の使用量への課金
この方式では、顧客企業が使用したコンピュータ資源の量に基づいて特定期間(たとえば月極)ごとに課金していく。通常、顧客企業は、固定および最低限の料金を支払い、それとは別に、様々な付加サービスを使用量に応じて支払うことになる。しかし、この方法でユーティリティ・コンピューティング・サービスを提供する企業は少ない。顧客企業の事業リスクが、サービス提供側の売り上げに直接影響を与えるためである。
また、この方式では顧客企業が実際に使った量を明確に割り出さなければならないが、それには非常に洗練された測定システムが必要となる。さらに、サービス提供側は、いったい何台のCPUの性能をどの顧客がどこまで利用しているかをリアルタイムで測定しなければならないが、それには手間暇がかかりすぎるという問題もある。
3.大手サービス提供業者のサービス内容の例
(1)IBM
IBMが提供するLinux Virtual Servicesは、標準的なインテル系サーバーの3分の1程度の処理能力を「サービス・ユニット」として月額300ドルで提供する。また、必要に応じてサービス・ユニットごとに最大10%の演算処理能力を無料で追加することができる。
(http://www-3.ibm.com/services/e-business/hosting/mgdhosting/linux.html)
<メリット>
- 顧客はIBMのホスティング・センター「eBusiness Hosting Center」を利用するため、自社にメインフレームを設置する必要がない。
- IBMは、ApacheベースのLinuxウェブ・サーバーをはじめ、データベース「DB2 Universal Database」「WebSphere」といったアプリケーションやNAS(Network-Attached Storage )も提供するため、ソフトウェアのアップグレードといったメンテナンスを必要としない。
- 現在、インテル系サーバーが1,000ドル以下で購入できるため、300ドルのコストは高いという指摘もあるが、同サービスにはサーバー管理費やその他に発生する関連サービスも含まれているため、TCO(total cost of ownership)を抑えることができる。
<デメリット>
- 自社とIBMのデータ・センターとをつなぐ堅牢なネットワーク・インフラが必要となることから中小企業には不向きだと思われる。
- 自社で確立したシステムとの互換性をどこまで持たせられるかという問題が考えられる。
(2)HP
HPの「Utility Data Center(UDC)」は、通常のグリッド・コンピューティングのように無数の外部端末を統合したものではなく、あくまで同社が保有するデータ・センターで利用するハードウェアをJavaベースのソフトウェア「Utility Controller(UC)」を使って統合したもので、同社のHP-UNIXメインフレーム、インテル系サーバー、ストレージ、スイッチ機器を提供する。同社はすでに1,000件以上のライセンスを提供している。
(http://h30046.www3.hp.com/solutions/utilitydata.html)
<メリット>
- ピーク時に使用するCPUの個数を53%減に、通常時の利用個数を79%減にとどめることができるとの試算がある。
- 顧客はHPのデータ・センターを利用するため、人件費および施設の確保にかかるコストなどを大幅に削減できる。
- サーバー・メーカーとして業界で定評のあるCompaq Computerとの合併により、双方の技術力を組み合わせた幅広いサービスを提供できる。
- UDCはオープン・システムを採用することによって、異なるメーカーのハードウェアおよびOSをサポートする。
- UDCのサービスは、企業が設定した内容に基づいて、自動的にコンピュータ処理能力を調節できる。顧客企業は最大で50%のコスト削減を実現できる。
<デメリット>
- ハードウェアの最低価格が高いため中小企業向けではないと思われる。
(3)EDS
EDSは、IBMやHPのようにハードウェアからソフトウェアまで幅広い技術を自社で開発するだけの規模はないため、複数の企業と提携することによって、16ヵ所の主力データ・センターを中心に170ヵ所におよぶ企業所有および地域データ・センターを通じてサービスを提供している。
同社が現在提供するのは、アプリケーション(提携先=SAP、Oracle、PeopleSoft)をはじめ、ストレージ、ウェブ・サーバー、ミッドレンジ・サーバー、メインフレームである。
EDSのサービスは、「インフラ・オンディマンド」「アプリケーション・オンディマンド」「BPOオンディマンド」の「3層式」と呼ばれている。インフラ・オンディマンドはメインフレームの処理能力、サーバー資源、ストレージ容量を提供する。アプリケーション・オンディマンドは、ウェブベースでSAPやOracleの企業向けアプリケーションを提供する。そして、BPOオンディマンドは、保守管理、苦情処理、CRM(顧客管理)、技術サービスといったBPO(Business Process Outsourcing)を提供する。
(http://www.eds.com/services_offerings/so_ondemand_overview.shtml)
<メリット>
- 幅広いプラットフォームに対応しており、利用している既存のアプリケーションの移植が容易である。
- 顧客側のニーズに応じて、段階的にサービスをEDSに外注していくことが可能である。
<デメリット>
- ブランド名や技術力ではIBMやHPに若干劣るため、他社との提携によって広範囲のサービスを提供しているものの、提携業者の市場動向によって、EDSのサービス自体が影響を受けるというリスクを抱えていると考えられる。
4.主な大型契約例
ユーティリティ・コンピューティングの大型契約の主な事例としては、以下のようなものを挙げることができる。
@ American ExpressとIBM Global Services
IT関連業務全般のアウトソーシング契約で、7年40億ドルで2002年2月に締結。具体的には、American Expressのウェブ・ホスティングとその管理、決済処理、ネットワーク・サーバー、データ・ストレージ、顧客サポートが含まれる。40億ドルは「基本料金」で、それにCPUやストレージ機器、帯域幅、顧客サービス関連サービスの使用量によって追加課金される。
この契約を受けて、American Expressは関連業務に携わる世界中の従業員約2,000人をIBM Global Servicesに移籍させる。
A J.P. Morgan ChaseとIBM
データ処理に関するインフラストラクチャーをはじめ、データ・センター、顧客サポート、データ・ネットワーク、および音声ネットワークのアウトソーシング契約で、7年50億ドルで2002年11月に締結。50億ドルは「基本料金」で、それにCPUやストレージ機器、帯域幅、顧客サービス関連サービスの使用量によって追加課金される。
この契約を受けて、J.P. Morgan Chaseの関連従業員約4,000人がIBMに移籍する。ただし、J.P. Morgan Chaseは事業開発部門をはじめアプリケーションの配備やその他の中核業務を独自に管理する。
同契約で注目されるのは、特にデータ処理やデータ保存・管理に関して、使用された電算機能や容量の分だけ請求されるというUMI(utility management infrastructure)が採用されることである。本件は、オンディマンド・サービスでは最大級の契約である。
B VisteonとIBM
Fordから2000年に独立した自動車部品製造大手Visteonは当初、親会社であるFordの設備を使っていたため独自の業務用高位コンピュータと関連システムを所有していなかった。そこで、Visteonは各種ハードウェアとソフトウェアを買いそろえる代わりに、在庫・供給網管理、部署間の通信網といった業務すべてに必要なコンピュータ・システムと電算処理をIBMにアウトソーシングする契約を締結。10年20億ドルが基本契約で、Visteonは毎月、使用した電算処理の量に応じた料金を支払う。
C Procter & GambleとHP
電算業務とデータ・センターを含む通信網、コンピュータ・ハードウェアおよびソフトウェア、顧客サービス関連業務のアウトソーシング契約で、10年30億ドルで2003年4月に締結。
この契約を受けて、P&Gは世界各地で雇用するIT関連従業員約1,850人をHPに移籍させる。
なお、HPはこの契約を、同社が2003年5月に新しく打ち出した戦略「Adaptive Enterprise(適応型企業)」の事例として宣伝している。
5.ユーティリティ・コンピューティングの普及に向けた課題
(1)データ・セキュリティ
調査会社IDCがユーティリティ・コンピューティング・サービス導入を視野に入れている米大手企業34社(2002年の平均年商70億ドル)に対して2003年初頭に実施したアンケート調査によると、まだ導入していない主な理由として、過半数の19社が「IT資源を社外に置き他社と共有することに不安を感じる」点を挙げている。そこには、データ盗難やデータをめぐる事故のおそれを懸念する潜在的顧客側の不安が表されていると言える。
2003年2月、アリゾナ州スコッツデイルで開かれた「ComputerWorld Premier 100」カンファレンスで米大手企業のCIO(最高情報責任者)が集結した際に、ユーティリティ・コンピューティングに関する懸念事項として最も強調されたのが「データ・セキュリティ」だったという。特に、米ホテル経営大手Six Continent HotelsのCIOは、「世界100ヵ国で営業しており、多くの国でデータ・セキュリティに関する法律が整備されていないことを考えると、データ内容の保護とデータ・プライバシーの保護は非常に深刻な課題だ」と強調している。
このように、ユーティリティ・コンピューティングにおいて、データ・セキュリティの確保は最大の課題の一つであると言うことができるであろう。
(2)サービス提供側の中立性
ユーティリティ・コンピューティング市場における大手サービス提供業者のうち、IBMは電算処理機能(CPU)を得意とし、HPはデータ・センター関連商品を売りにしており、Sunはネットワーク機能と抱き合わせたデータ保存・管理を強みにしようとしている。一方で、IBMはコンピュータ、HPはストレージ機器、Sunにはネットワーク機器という自社製品があり、それぞれのサービス事業で自社製品を販売している。
その結果、潜在的顧客側に、顧客の求めているサービス内容よりも自社製品を抱き合わせて売れるサービス内容が優先されるのではないかという懸念が払拭されていないとの指摘がある。上述のIDCのアンケート調査によると、34社中15社が「中立性の高い」サービス提供業者との契約を考慮中であると回答しており、この懸念を裏付けていると言える。
(3)コスト削減効果
ユーティリティ・コンピューティングが期待される背景の一つとして、特にメインフレームやスパコンは高価で簡単には買えないという実情があるであろう。そこで、提供側大手がスパコンなどの演算能力を供給するという事業形態が生まれたわけであるが、では、そのコスト削減効果はどうなっているのであろうか。
いまだ黎明期にあると言えるユーティリティ・コンピューティングの早期契約者に、IBMにとって最も古い顧客の一つであるノルウェーのPetroleum Geo-Service(PGS)がある。PGSは、3ヵ月かかる地震データ電算処理業務にあたりIBMのスーパーコンピュータを時間課金制で契約した。PGSは元来、自社内で同業務を処理してきたが、データ処理量の増大と処理方法の複雑化に伴いシステムの格上げが必要となった。しかし、同社はIBMスーパーコンピュータのオンディマンド・サービスを選択し、その結果、「150万ドルの経費節減」を実現したと報告している。
もちろん、このPGSの例のように、ユーティリティ・コンピューティングはうまく利用すればコスト削減になるであろうし、サービス提供側もコスト削減を謳い文句にしている。しかし、まだ市場が新しいこともあって、具体的なコスト削減効果についての事例はそれ程多くはなく、まだコスト削減効果が証明されたとは言い切れない状況である。
上述のIDCのアンケート調査によると、潜在的顧客企業のコスト削減率希望平均値は28%と非常に高い数字になっており、裏を返せば、ユーティリティ・コンピューティングが潜在的顧客企業に受け入れられるためにはかなりのコスト削減効果が示される必要があると言うことができる。
その他、上述のIDCのアンケート調査によると、潜在的顧客企業はサービス提供業者の財務状況の安定性を重視しており、一方で一般的な契約期間が長すぎると考えている(通常3〜10年だが、潜在的顧客企業は1年を好む)という。これらは、サービス提供業者の財務状況が不安定になった場合にサービス料金を引き上げられるのではないかという懸念や、長期間の契約によって特定のサービス提供業者にロックインされることで、もっとよい契約内容が後年出現した場合にそちらに乗り換えられないという懸念が示されている。
まあ、我がままといえば我がまま、当然といえば当然の主張であろうが、いずれにしても、ユーティリティ・コンピューティングが潜在的顧客企業に受け入れられるための課題は山積していると言えそうだ。
(4)技術的課題
最近のBusinessWeek 8月25日号では「技術の将来」を特集しているが、この中で「注目すべき4つの技術潮流」の一つとして「ユーティリティ・コンピューティング」が取り上げられている。(ちなみに、他の三つは、RFIDなどのセンサー革命、プラスティック・エレクトロニクス、生体工学による生体部位である。)この記事においては、ユーティリティ・コンピューティングが克服しなければならない課題として、
- タスク・シェアリング: コンピュータ・システムが需要変動に対応してジョブを分散させることは難しい。
- 課金: どれだけの処理能力が消費されているのかを正確に算出するための新しい計測技術が必要。
- 誇大宣伝(Hype): ハイテク企業はこのアイデアに入れ込みすぎており、慎重な顧客企業を興ざめさせかねない。
- 標準: 様々な技術が明確な産業標準の下で継ぎ目なく動作しなければならない。
を挙げている。
誇大宣伝はともかくとして、ユーティリティ・コンピューティングというビジネスモデルを本格的に実現させるためには、まだまだ技術的課題も多いということであろう。
6.ITのユーティリティ化の進展 〜「IT Doesn’t Matter」
本格的なユーティリティ・コンピューティングが実現するのはまだ先の話だとしても、長い目で見れば、ITのユーティリティ化・コモディティ化は着々と進展している。こうした観点に立って、企業はIT投資による戦略的な競争優位の確立よりもITの費用とリスクの管理に注意を払うべき時期に来ている、というNicholas G. Carr氏の論文「IT Doesn’t Matter(ITは問題ではない)」がHarvard Business Review の2003年5月号に掲載され、大きな波紋を呼んでいる。
同論文は、Harvard Business Review のウェブサイトやAmazon.comで7ドルでダウンロードできる。ここでは、同論文の要約だけを以下にご紹介しておく。
- 企業は競争相手を打ち負かすために資本支出の50%以上をITにつぎ込んでいる。世界中の企業は年間に2兆ドルをITにつぎ込んでいる。しかし、鉄道や電力など広く採り入れられている多くの技術と同様、ITはコモディティ(一般商品)となっており、誰でも手に入れることができるが、もはや戦略的価値をもたらしてはくれない。
- ビジネス資源を真に戦略的なものにするのは希少性であって、遍在性ではない。企業は他社が持っていないものやできないことから優位性を得る。ITの初期には、例えばFederal Expressの小包追跡システムやAmerican AirlinesのSabre予約システムなどに見られたように、先進的企業がITを革新的に配備することによって競争相手に打ち勝った。
- しかし、今やITはどこにでもあり、その潜在的な戦略的優位性よりもそのリスクにより注目しなければならない。例えば、企業は電気の利用に基づいて企業戦略を構築することはしないが、その些細な供給停止でさえも甚大な影響を受ける。今日、ITが崩壊すれば企業の生産、サービス供給、顧客満足の機能は麻痺してしまう。
- ITの最大のリスクは使い過ぎであり、それが企業にコスト上の劣位をもたらす。IT管理は退屈なものでよい。ITによって積極的に優位性を求める代わりに、ITのコストとリスクを、その戦略的価値に関する目新しい誇大宣伝に惑わされず、倹約と実利を宗として管理すべきである。魅力的なことではないが、今やそれが賢いやり方である。
この論文は、非常にわかりやすい論理構成に基づいておりなるほどと思わせるものであるが、IT業界にとってはタイトルが刺激的であるばかりでなく、内容も低迷するIT投資の回復に水を差すようなものであり、当然のようにIT業界からは反論の声が湧き上がった。同論文に対してどのような反応があったのかについては、著者のCarr氏のホームページ(http://www.nicholasgcarr.com/articles/matter.html)に網羅的に記載されているが、IT専門誌のみならず、New York Times、International Herald Tribune、USA Today、Fortune、Financial Times、Wall Street Journal、BusinessWeekといった一般紙、ビジネス誌にも数多くの関連記事が掲載され、賛否両論が戦わされている。
ここでは、この論争について深入りすることは避けるが、Carr氏の論文にはユーティリティ・コンピューティングを考えるにあたって興味深い論点が含まれている。それは、同氏が、「技術には独占的技術とインフラ技術があり、インフラ技術はマクロ経済レベル、国家レベル、産業レベルでは競争力に影響を与えるが、個々の企業レベルでの競争力の源泉にはならない。そしてITは急速にインフラ技術化している。」(これが「ITのコモディティ化」の意味である)と主張している点であり、この「ITのインフラ技術化」の傍証の一つとして、同氏はIBM等がITのユーティリティ企業になろうとしていることを挙げているのである。
ユーティリティ・コンピューティング提供業者がどのように反論(同意?)しているのか気になるところであるが、IBMのコメントは見つけられなかった。HPのCEOのFiorina女史は、同社のユーザー大会における基調講演で上記論文はまったく間違っていると述べたらしいが、同論文の論点をどこまできちんと踏まえた上でのコメントなのかは不明である。
ユーティリティ・コンピューティングにしても、ITのインフラ技術化にしても、長い目で見ればその方向に進むことは確かなのであろうが、これらを巡る現在の様々な議論を見る限り、過渡期はまだしばらくは続きそうである。
おわりに
本文中でも書いたように、ユーティリティ・コンピューティングは概念先行という感が否めず、実際にはその実現に向けて様々な課題も指摘されている。しかし、それでも米国ではユーティリティ・コンピューティングを望むユーザーがおり、注目すべき動向であることは確かである。もちろんその背景には、ASPなどを通じてSLA(サービス・レベル・アグリーメント)の締結などオンディマンド・モデルの経験を積んできているという歴史的経緯に加え、短期的なROI(投資収益率)を重視するコーポレート・ガバナンスや、情報システム関連社員を丸ごとベンダーに移籍させることができる雇用環境がある。つまり、ユーティリティ・コンピューティングは現状ではITアウトソーシングの土壌があってこそ成り立つものであり、それがそのまま日本にも当てはまるとは限らないことに注意が必要である。
(了)
本稿に対する御質問、御意見、御要望がございましたら、arataryohei@jetro.go.jpまでお願いします。
©JEITA,2003
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