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 【 2001年8月号 】



 欧 州 動 向
    〜欧州の5大テクノポリス〜


T.欧州の5大テクノポリス

1.はじめに

 知識集約型の新しいビジネスを次々に開拓し、経済発展の原動力になる研究能力の集積地の重要性は、シリコン・バレーの繁栄から世界的に認識されている。現在、世界各地でシリコン・バレーを目指した様々な試みが行われている。欧州においても、日本における“学術研究都市”的な地域開発型のハイテク・サイトから、大学等の既存の研究機関を中心に自然発生的に発展、あるいは政府が発展を側面支援して形成されたサイエンス・パーク的なものまで様々なテクノポリスが存在する。年代的にも、70年代前後に作られた古いテクノポリスから、シリコン・バレーの成功に刺激されて作られた比較的新しいものまで様々である。
 これまでに、本レポートにおいて、小生が訪れた欧州のテクノポリスとして、フランスのソフィア・アンティポリス(電子工業月報2000年1月号)、フィンランドのヘルシンキ(ITインダストリー・レポート2001年3月号)とオウル(同2001年3月号)の3つについて紹介した。それぞれのテクノポリスの活発な活動に興味を感じたが、それ以来、欧州全体にはどのようなテクノポリスがあるのかということを調べてみたいと考えていた。今回は、欧州の5大テクノポリスについて報告する。

 まず、欧州の上位5つのテクノポリスをどのようにして選択するかであるが、公的な確固たる順位付けをされたデータが存在するわけではないため、米ハイテク専門誌“WIRED”の2000年7月8日号の特集を参考にした。同特集では、@大学等の高等教育機関や技術者養成のための専門技術学校等の人的研究資源のレベル、Aそれを取り巻いて経済活動を行うハイテク企業の存在、Bハイテク・ベンチャー企業を育む起業家精神に富んだ文化、C新規創設企業の市場進出を可能にするベンチャー・キャピタルの存在、という4つのクライテリアで、世界の46のテクノポリスをそれぞれ5段階で評価(20点満点)している。(次表参照)
 ここで、分かり易さのため“テクノポリス”という用語を用いているが、実際には政府が学術研究都市として造成したフランスのソフィア・アンティポリスのような典型的な地域開発型のテクノポリスから、ハイテク・ハブ、ハイテク・スポット、ハイテク・クラスターなどと呼ばれるものまで形態は様々である。実際、WIRED誌で順位付けされたテクノポリスの中には、地理的範囲が、一都市であったり、複数都市であったり、フランドル(ベルギー)やバイエルン(ドイツ)のように地方単位であったりするものもあるが、本項では簡単化のためこれらを全て総称してテクノポリスと呼んでいる。


順位 テクノポリス名 国名 総合点数 大学研究 ハイテク企業 スタートアップ VC
1 シリコン・バレー 米国 16
 
2 イスラエル イスラエル 15
2 ボストン 米国 15
2 @ストックホルム−シースタ スウェーデン 15
 
2 ローリー−ダーラム−チャペル・ヒル 米国 14
5 ロンドン 英国 14
5 Aヘルシンキ フィンランド 14
 
8 台北 台湾 13
8 オースティン 米国 13
8 バンガロール インド 13
8 サンフランシスコ 米国 13
 
12 Bケンブリッジ 英国 12
12 アルバカーキ 米国 12
12 シアトル 米国 12
12 モントリオール カナダ 12
12 ニュー・ヨーク 米国 12
12 Cダブリン アイルランド 12
 
18 Dフランドル ベルギー 11
18 京都 日本 11
18 バイエルン ドイツ 11
18 メルモ−コペンハーゲン スウェーデン 11
    デンマーク          
 
18 ロサンゼルス 米国 11
 
18 東京 日本 11
18 新竹 台湾 11
 

25 オウル フィンランド 10
35 ソフィア・アンティポリス フランス
出所:『WIRED magazine』(2000年7月8日号)記事"Venture Capitals"より作成。


 ランキングされている全46のテクノポリスのうち、各国別の内訳は以下の通りである。米国が13箇所、全欧州で16箇所である。我が国は2箇所しかランク入りしていない。我が国は技術立国を目指している国のはずであり、人口は英、仏のそれぞれ2倍、独の1.5倍、フィンランドと比較すれば20倍以上もあるのであるから、2箇所というのは少なすぎるように感じる。しかし、本ランキングでは、ベンチャー・スピリットやリスク・マネーの存在がクライテリアに取り入れられているため、我が国のテクノポリスのランク入りが少ないというのも、残念ながら納得できる結果であろう。一方で、東アジア、東南アジア諸国がランク入りしているのは、これら諸国の活動の活発さがひしひしと感じられる。


米国…13,英国…4,ドイツ…3,フィンランド…2,台湾…2,日本…2,オーストラリア…2,フランス…2,ブラジル…2,スウェーデン…1.5,イスラエル…1,インド…1,カナダ…1,アイルランド…1,ベルギー…1,香港…1,マレーシア…1,韓国…1,シンガポール…1,ノルウェー…1,チュニジア…1,南アフリカ…1,デンマーク…0.5


 欧州の16箇所のテクノポリスは、西欧の北半分に偏っている。イタリア、スペイン、ポルトガルといった南欧諸国はランク入りしていないが、なんとなく納得できる感がある。あえて南欧と位置付ければ、フランスのニース近郊にあるソフィア・アンティポリスが唯一の南欧のテクノポリスであるが、35位グループとそれほど順位は高くない。
 本稿では、ランキング表における欧州上位5箇所を解説する。ただし、地理的な広がりがある地域については、中核となる研究機能の集積地帯をテクノポリスとして採りあげた。

<欧州の5大テクノポリス>
@シースタ(ストックホルム)
Aオタニエミ(ヘルシンキ)
Bケンブリッジ
Cダブリン
Dブラッセル周辺

 総合点が14点の5位グループにはロンドンがランク入りしているが、18位グループの東京同様に漠然としており、またロンドンをハイテク・クラスターとして採り上げる記事は少ないように思うため、本稿では採り上げなかった。
 フランドル地方については、WIRED誌がフランドル地方(オランダ語圏)のハイテク・ハブの中心に見なしているルーベン・カトリック大学のすぐ近くには、ルヴァン・ラ・ヌヴのカトリック大学(ワロニア地方、フランス語圏)があり、得意な分野に違いはあるものの、似通ったベンチャー育成策やサイエンス・パークの運営が行われている。また、経済誌や投資紹介誌のウェブ上では、フランドル地方に劣らずワロニア地方も紹介されているため、あえてブラッセル周辺として複数のサイエンス・パークを採り上げることにした。
 フランドル地方が属する18位グループには、バイエルン(ドイツ)、メルモ−コペンハーゲン(スウェーデン、デンマーク)もランク入りしているが、「Cベンチャー・キャピタルの存在」以外のテクノポリスとしてのイノベーションの実力を示す3つのクライテリアでは、フランドル地方が最も点数が高いため、フランドル地方を欧州第5位とした。
 メルモ−コペンハーゲンのハイテク・クラスターは、スウェーデンとデンマークの両国政府が開発整備に力を入れているが、二都市間を結ぶ海上橋(北海とバルト海を結ぶエーレズンド海峡にまたがる)は2000年夏に開通したばかりで、今後の発展が期待される地域であるため、現時点では双方を一体のテクノポリスとして採り上げるのは時期尚早と思われることも採用しなかった理由である。
 ヘルシンキは2001年3月号で紹介済みではあるが、欧州第2位で重要であるため、再度記述した。
 なお、WIRED誌の順位付けは絶対のものではないため、本稿で採り上げた5つのテクノポリスが本当に欧州トップ5であるかは、人によって感じ方に違いがある可能性があるが、客観的な評価基準が存在する分野ではないため、この点はご了解いただきたい。


2.欧州の5大テクノポリス

2.1 シースタ(ストックホルム)

(1)概要
 シースタ・サイエンス・パークは、ストックホルムの北西11km、ストックホルムの都心部とアルランダ国際空港とを結ぶ高速道路E4号線の西脇に位置する。サイエンス・パークの設立は1975年、敷地面積は約200haである。設立・運営主体は株式会社形態のシースタ・サイエンス・パークであり、ストックホルム市が運営権を有している。

(2)経緯
 シースタは、地価・家賃が安い典型的な欧州の大都市近郊地域であったが、1970年代初めに都心部からの地下鉄が開通し、集合住宅ビル群が建築され始めた。ハイテク産業が集まるきっかけとなったのは、交通の便の良さと、軍用地跡が利用可能であったという好条件から、1976年にエリクソンが研究センターを開設したことである。同時期にエリクソンの研究センターの隣にIBMが北欧本社を設置した。これらはストックホルム郊外の地域開発事業の一環として行われた。なお、正式なサイエンス・パークの設置年は1975年となっている。
 その後1988年に、ストックホルム大学と王立技術大学が共同で理工学部門を同地に移転させた。これを機に産学官連携による研究を促進するためELECTRUMが設置され、現在の発展の基礎を生んだ。 ELECTRUMは、産学官連携機関として、ハイテク関連の民間企業の他、ストックホルム大学と王立技術大学の三つのIT関連学部や官民の研究開発機関を収容し、インキュベーターの機能をも果たしている。これに続きシースタ周辺に、ノキア、モトローラ、シスコ、インテルなどの世界的ハイテク企業が、研究拠点やオペレーション・センターを開設した。

(3)特色
 エリクソンの研究センター設置を起源としているように、情報通信分野の中でも特にテレコム関連技術分野に強い。スウェーデンは、インターネット、携帯電話の普
及率が高く、IT分野が成長する社会環境にあり、世界的なハイテク企業の研究施設が高い密度で集中している。3万人ほどの市人口に対し、28,000の雇用がある。立地する全870社のうち360社がハイテク企業である。最初から世界のIT市場を目指すベンチャー精神に溢れた才能を有する人材が多いうえ、ベンチャー投資金融環境が形成されていることも大きな特色である。ストックホルムのベンチャー・キャピタルの数は1990年の15が1999年には約170に増加した。

■ 技術分野
・情報通信分野が大部分、特にテレコム関係が中心。

■ 主な研究機関
・民間企業:エリクソン、インテル、ノキア
・大  学:王立技術大学(KTH)とストックホルム大学が合同で運営するコンピューター通信、エレクトロニクス、コンピュータ・システム・サイエンスの三学部・公的研究機関:スウェーデンIT研究所(国立コンピューター科学研究所、システム開発研究所、メディア技術研究所が合併したもの)

(4)ベンチャー企業の創設・活動状況
 ベンチャー企業の活動は活発で、ストックホルム周辺で1999年には約200社のベンチャー企業が誕生した。シースタから生まれたベンチャー企業はここ数年で650社でである。ELECTRUM内のインキュベーターには約50社のベンチャー企業が入居している。


2.2 オタニエミ(ヘルシンキ)

(1)概要
 オタニエミは、ヘルシンキの西方10kmに位置するエスポ(ESPOO)市にあり、同市の東の2km四方ほど地域である。同地に立地するヘルシンキ工科大学のキャンパス内に、1987年にオタニエミ・サイエンス・パークが設置された。サイエンス・パークに隣接して、テクノロジー・パークも設置されている。大まかに見れば、ヘルシンキ工科大学とフィンランド国立技術研究センター(VTT)が、サイエンス・パークとテクノロジー・パークを分け合って使用している形である。VTTは国研であるが、基礎研究を行うのではなく、基礎的な研究成果を商品化に結びつける応用分野の研究を実施している。民間企業のアイデアを実現するため、民間企業からの依頼に応じて受託研究を行ったり、共同研究を行ったりしている。サイエンス・パークとテクノロジー・パークは、主としてヘルシンキ工科大学とVTTの研究成果からの技術移転やこれらとの研究協力を目的として設置されたテクノポリス・ゾーンである。インキュベーション・センターとしては、INNOPOLIが設置されている。
 オタニエミ地区の西のタピオラ地区など、エスポ市内には幾つかのビジネス・ゾーンがあり、そこにノキア本社はじめヒューレット・パッカード、マイクロソフト、シスコ、コンパック等数多くのハイテク企業が集まっている。エスポ市は人口3万人の小都市であるが、そこに366社のハイテク企業が集中し、約25,000人を雇用している。また、これに加えてヘルシンキ工科大学とVTTが4,600人を雇用している。
 サイエンス・パークの運営は、教育・研究機関、地方自治体、情報通信から金融サービスまで幅広い分野の現地企業など60機関を主要株主とする第三セクター企業が担当している。

(2)経緯
 オタニエミ地区は、元々は1940年代末に用地買収が開始されたヘルシンキ西方のニュータウンであった。1960年代に計画は軌道に乗り、ヘルシンキ工科大学とフィンランド国立技術研究センター(VTT) が設置されて文教都市となった。1987年に大学キャンパス内にサイエンス・パークが設置され、研究成果をビジネス・プランに結実させるための組織作りが開始された。1990年には、ヘルシンキ圏の知識集約型ビジネスの開拓を目的とする官学のジョイント・プロジェクトとしてスピンオフ計画(SPINNO) が開始された。SPINNOの実施には、サイエンス・パーク内でインキュベータを運営するINNOPOLI が当たり、フィンランド通産省、フィンランド技術庁(TEKES)、Culuminatum Ltd Oyがこれ支援する体制にある。

(3)特色
 オタニエミの特徴としては、北欧におけるテクノポリスのライバルであるスウェーデンのシースタ・サイエンス・パークに比較して、起源が大学都市であり、立地環境も殺風景な都市郊外地というよりも庭園都市タピオラに隣り合わせた落ち着いた環境に恵まれていることが挙げられる。建築的にもフィンランドを代表する建築家アルトが大学施設を設計している。テクノポリスとしての活動の面では、シースタがエリクソンなどのハイテク大手企業が大学や公的研究機関を引き寄せたのに対し、オタニエミの方は大学や公的研究機関の回りにノキアなどの民間企業が集積した違いがある。
 一方、ベンチャー促進策の面では、シースタではELECTRUM、オタニエミではINNOPOLIという組織が、インキュベーション機能を提供している点は共通している。また、緊密な産学官連携が行われている点も両者に共通する点である。
 フィンランドは、スウェーデンと同じくインターネット、携帯電話の普及率が高くIT分野が成長する社会環境にあるが、同時に国内市場規模が小さいため米国や欧州大陸など国際市場を最初から目指さなければならない点でも共通している。
 主な産学官連携事例としては次のようなものがある。ヘルシンキ工科大学はヘルシンキ大学と合同のIT研究所を設置したが(サイトは2001年にヘルシンキに移る予定)、そこで30人から50人ほどの研究グループにより、3年から5年の戦略的な中期研究計画として、デジタル・メディアの共通プラットフォームを対象にする「メディア・コンヴァージェンス」、モバイルを基本概念にした「Fuego」、電子商取引に関する「デジタル・エコノミー」という3つが、政府技術庁(TEKES) とフィンランド・アカデミーの助成のもと、民間企業の参加により2000年から開始された。プログラムによって異なるが、ノキア、エリクソン、ソネラ, Elisa Communication, Alma Media, Tieto-Enator等が参加する。

■ 技術分野
・情報通信分野が中心であるが、大学やVTTの研究対象領域は広い 。

■ 主な研究機関
・民間企業:Orion(フィンランドの製薬・ヘルスケア企業)
・大  学:ニューラル・ネットワーク研究所、コンピューター物理研究所、低温技術研究所
・公的研究機関:国立技術研究センター(VTT)、紙・パルプ工業研究所、フィンランド地学研究所

(4)ベンチャー企業の創設・活動状況
 ヘルシンキにおけるベンチャー企業の年間創業件数はストックホルムの半分ほどで、1999年には約100社であった。現在、サイエンス・パーク、テクノロジー・パーク、INNOPOLIを合わせて約200社のベンチャー企業が活動している。


2.3 ケンブリッジ

(1)概要
 ケンブリッジ・サイエンス・パークはケンブリッジ市の北西端に位置し、知識集約型企業の育成を目的として1970年に設置された。現在、61.5haの敷地に60社以上のベンチャー企業が立地し、約4,500人が雇用されている。サイエンス・パークの運営責任者は、トリニティー・カレッジの会計官が当たり、用地の分譲は民間プロモーターのBidelに任せられている。同サイエンス・パークには、1989年に創業し現在はロンドン株式市場とNASDAQに上場しているCantab製薬のような一定の成長を遂げた企業も多く、ベンチャー・キャピタルも立地している。
 また、ケンブリッジ大学は、別の敷地にインキュベーション機能を専門とするセント・ジョーンス・イノベーション・センターも有している。
 この他、欧州のシリコン・バレーに比され“Silicon Fen”と呼ばれる場合は、ケンブリッジ・サイエンス・パークに限定されず、ケンブリッジ大学を中核としてケンブリッジ市から概ね半径20マイルほどの地域を指す。Silicon Fenでは、情報通信分野に限らず世界的大手企業の研究開発センターからハイテク・ベンチャーまで大小1,200社の知識集約型企業が集積し、25,000人が雇用されている。

(2)経緯
 ケンブリッジ大学の学問上での業績は今さら指摘するまでもないが、カレッジの経営に独立性が認められ、民間の寄付などを重要視するなど産業界との関係も強く、研究成果の事業化でも優れていた。しかし1960年代末まで文教都市としての学問環境を保護する目的で、ケンブリッジ市内への大企業の進出が規制されため、大学と産業界との接触が薄れかけていた。
 このような状況に対し、1969年に発表されたモッテ報告書が産学連携の重要性を指摘し、そのための有効なツールとしてケンブリッジにサイエンス・パークの設置を勧告した。これに応じてトリニティー・カレッジが用地を提供して1970年にサイエンス・パークが設置された。1970年代は大企業の研究開発子会社を少しずつ受け入れる程度であったが、1980年代に入り活動が活発になると同時に、ベンチャー・キャピタルがパーク内に設置された。さらに1980年代半ばには大学での研究から生じた知的所有権の取り扱いに関する法律が事業化に有利な方向で改正されたこともあり、大学の研究成果に基づくベンチャー企業が増加した。このような流れを受けて、1987年には、サイエンス・パークからやや離れた西8haの敷地にセント・ジョーンス・イノベーション・センターが設置された。

(3)特色
 ケンブリッジ大学という世界でトップ・クラスの研究能力に立脚しているのが第一の特徴である。このため知的資源の技術分野は、情報通信分野に限らず、医療・バイオなど幅広い。
 民間からの寄付が大学の運営、発展に大きく貢献した歴史から、大学研究所長が民間企業研究所の所長を兼任できるなど、大学教官と民間企業との交流に関しリベラルな環境が定着している。例えば、マイクロソフト、ATTなどの民間企業研究所のように、これらの研究所長をケンブリッジ大学の研究所長が兼任している例は珍しくない。このため資金面に限らず、産学提携は極めて活発である。
 国や自治体など行政がほとんど介入していないのもケンブリッジ地域の特徴である。ちなみに、その分、地域開発としての体系性には欠けている面もある。
 シリコン・バレーを範にしたハイテク・ベンチャー振興の観点からは、ベンチャー資金環境の整備等の面で遅れがあったが、大学を中心に1990年代に改善がなされ、現在はベンチャー・キャピタル市場としても、シリコン・バレーに続き世界第2の規模といわれる。
■ 技術分野
・ケンブリッジ大学の研究分野は科学技術全般にわたっている。民間企業を含めれば情報通信分野が中心ではあるが、バイオテクノロジー・医療分野の割合は北欧のシースタやオタニエミに比べて高い。

■ 主な研究機関
・民間企業:マイクロソフト、 ATT、ユニリーバ情報分子科学情報工学センター、等多数。日本企業の研究所も立地。
・大  学:ケンブリッジ・コンピューター研究所、カベンディッシュ物理研究所、バイオテクノロジー研究所、等多数。

(4)ベンチャー企業の創設・活動状況
 ケンブリッジ・サイエンス・パークには、65社のベンチャー企業が立地し、4,500人を雇用している。セント・ジョーンズ・イノベーション・センターには、64社のベンチャー企業が立地し、1,000人を雇用している。1987年の設置以来、セント・ジョンズ・イノベーション・センターからは52社が成長し、センター外に巣立っていった。
 ケンブリッジ市周辺を含めたSilicon Fenでは、約1,200社の知識集約型企業が活動し、25,000人を雇用しているが、そのうち約1/3がこれらの2つのサイエンス・パークで育成された企業である。セント・ジョーンズ・イノベーション・センターの資料によれば、ケンブリッジ市周辺のIT分野の新規創業件数は月間約25社となっている。


2.4 ダブリン

(1)概要
 ダブリンから西方に伸びるハイテク産業の集積地は“Silicon Bog”と呼ばれるが、中核となる明確な中心地はない。1994年に欧州委員会に提出されたEU内のサイエンス・パークに関するレポートでは、ダブリン・トリニティ・カレッジ大学、ダブリン・カレッジ大学、ダブリン・ビジネス・イノベーション・センター(政府やダブリン商工会議所が中心となり運営)の三者間でダブリン・サイエンス・パークを設置する構想が説明されているが、設置場所に関する大学キャンパスからの距離などで調整がつかなかった模様であり、現在はダブリン市内やその近郊に、ビジネス・パーク、ビジネス・センター、テクノパークなど様々な名称を持った知識集約型産業向けのサイトが幾つか存在している。
 このうち最も代表的なのは、ダブリン・トリニティ・カレッジ大学のイノベーション・センターである。本センターでは、最高責任者を学内の経済事業化委員会の委員長を兼ねる研究学部長がつとめ、またそれとは別に常任の所長が置かれている。他方、ダブリン・イノベーション・センターは自治体が中心に運営している。本センターの施設はキャンパス内に置かれていたが、手狭となり最近キャンパスから歩いて10分ほどのダブリン港湾地区内に床面積1万u近くのエンタープライズ・センターが設置された。ここにはトリニティ・カレッジ大学からのスピンアウト企業の他、前述のダブリン・ビジネス・イノベーション・センターが移転入居した。将来的には、港湾地区の再開発計画と合わせて、同地区にトリニティ・カレッジ大学の研究能力を生かした「テクノポリス」が設置される予定である。

(2)経緯
 ダブリン・トリニティ・カレッジ大学のイノベーション・センターは、国の研究開発予算の縮小に伴う自己財源確保の必要もあり、1986年に創設された。1989年には政府の産業開発エージェンシー(IDA)の支援によってインキュベータ施設が設置された。
 自治体が中心に運営するダブリン・イノベーション・センターの方は、1988年に設置された。

(3)特色
 第1の特色としては、緊密な産学連携が挙げられる。イノベーション・センターは、学内からのスピン・アウト支援のためだけではなく、施設内に企業ラボ(campus industrial labs)の設置を認めており、ELAN社(製薬)など大企業のラボが置かれている。これは大学の研究予算を民間企業との提携を通じて確保するという方針に基づいており、民間企業との提携による研究費収入は、1986年の200万ポンドから90年代末には1,600万ポンドに
増加している。
 第2の特色は、ケンブリッジとは異なり、IDAを中心にした政府機関との連係が強く、紆余曲折はあったようであるが、ダブリン港湾地区の地域再開発計画とリンクした「テクノポリス」構想が進んでいる。
 技術分野としては、先進コンピューターを中心にした情報通信分野の他、バイオテクノロジーや、両者を結合したバイオインフォマティックス、材料等と幅広い。
 最後に、Silicon Bogと呼ばれ、国の積極的な海外投資受け入れ策や、有能で豊富な労働資源などから、ダブリン周辺にデル、ゲートウェイ、マイクロソフトなどの情報通信関連企業が集積していることも特筆すべき点である。

■ 技術分野
・民間企業は、エレクトロニクス、ソフトウェアなど情報通信分野が中心。
・ダブリン・トリニティ・カレッジ大学は総合大学であるため、大学側の研究対象分野は情報通信分野以外にも、バイオテクノロジー、材料、化学等に広がる。

■ 主な研究機関
・民間企業:ELAN(製薬)、キナートン(製薬)
・大  学:高性能コンピューター・センター、製薬バイオテクノロジー・センター、先進材料科学センター

(4)ベンチャー企業の創設・活動状況
 1986年のイノベーション・センターの設置以来、約40社のキャンパス・カンパニーが創設された。そのうち12社がセンターから出て活動を継続している。最も有名な企業はソフトウェア分野のIONA technologies社で、1997年にNASDAQに上場し、現在世界で500人を雇用している。


2.5 ブラッセル周辺

(1)概要
 ブラッセルから東方に、東はドイツのアーヘンに接するあたり、南はリエージュやシャルルロワにまたがる横100km程度の細長い地帯に、ブラッセルのブラッセル自由大学、その東側ルーベンのルーベン・カトリック大学、その近郊ルヴァン・ラ・ヌヴのルヴァン・カトリック大学、その南のリエージュのリエージュ大学などが、キャンパス内やその周辺にサイエンス・パークやイノベーション・センターを有し、これらからハイテク・クラスターが構成されている。ルーベン大学の近くには、マイクロエレクトロニクス分野の欧州最大の独立研究機関であるIMECもある。
 ベルギーは、ブラッセルの南を境として南北に言語圏と行政圏が二分(オランダ語圏とフランス語圏)されているが、このハイテク・クラスターはブラッセル周辺か
ら東に、2つの言語圏の境界に沿うように伸びている。
 これらの大学のうち最大のサイエンス・パークを有するのはルヴァン・ラ・ヌヴのルヴァン・カトリック大学(フランス語圏)で、3つのサイトに分かれるサイエンス・パーク全体の面積は230ha強である。サイエンス・パークの運営は、ルヴァン・カトリック大学だけでなく他の大学にも共通して言えることであるが、学内の研究成果の事業化や産業界との連携を担当する部署(基本的に独立経営)が、自治体と協力しつつこれにあたっている。例外はブラッセル自由大学で、ブラッセル開発公社にプロモーションや運営を任せている。
 これらのサイエンス・パークでは、特に古いものほど、大企業・中堅企業の事業センターが多い工業団地的な性格が強い場合があり、これらの企業は事業規模も雇用規模も大きい。このためスピン・アウトなどベンチャー企業による研究成果の事業化の支援は、インキュベーターやイノベーション施設をキャンパス内や、新しい第2・第3のサイエンス・パークを設置して行っている。

(2)経緯
 ルヴァン・カトリック大学のサイエンス・パークの設立は1970年と上記の大学の中で最も古く、ニュータウン開発の一環として大学の主導で設置された。
 ベルギーでは1971年に、大学が自治体と協力して、大学活動と結びついた産業用スペースを運営することを認める法律が制定された。大学はこれを機に研究資金の調達と技術移転のための部署を学内に設置し、自治体等と協力してサイエンス・パークの建設を開始した。これら初期のサイエンス・パークはスピン・アウト等のベンチャー企業のためではなく、研究能力・設備の提供の性格が強かったが、1990年代に“インターフェース”と呼ばれる大学の研究成果の事業化や産業界との連携を担当する部署が、インキュベーション機能等を強化している。
 インターフェースの例として、ルーベン大学のインターフェースは、大学内に置かれているが、大企業、金融機関、研究機関、自治体等を株主とする資本金6,700万ベルギー・フランの独立運営組織である。

(3)特色
 ブラッセル周辺のハイテク・クラスターでは、優秀な研究能力を備えた粒ぞろいの大学と、欧州ワイドの事業センターを置くハイテク企業が一定の地域に展開している。前述のように、サイエンス・パークと呼ばれているのはハイテク関係の事業センターが多い工業団地的な性格が強い場合があり、大学の研究成果の事業化等のベンチャー企業の活動は、インキュベータやイノベーション・センターにおいて行わわれている。この傾向は、特にブラッセル自由大学の場合は強い。
 ルーベン・カトリック大学のようにオランダ語圏では情報通信関連、ルヴァン・カトリック大学、リエージュ大学、ブラッセル自由大学など仏語圏ではバイオテクノロジー関係が優れている。また国が2つの言語圏からなり、欧州委員会が置かれていることもあり、言語使用に関する人口知能などの研究が存在しているのも特色といえる。

■ 技術分野
・ルーベン・カトリック大学:情報通信分野に強い。
・ルヴァン・カトリック大学、ブラッセル自由大学、リエージュ大学:バイオテクノロジーに強い。

■ 主な研究機関
・民間企業:IMEC、UCB(製薬・化学)、スミスクライン・ビーカム(製薬)
・大  学:細胞病理学研究所、ルードビック癌研究所、サイクロトロン研究所
・公的研究機関:国際細胞・分子生物学研究所

(4)ベンチャー企業の創設・活動状況
 企業創設数が最も多いのはルーベン・カトリック大学で、サイエンス・パークとインターフェースの活動を通じて、近年まで過去25年間で約30社の企業創設があったが、近年その数は大きく増えている。また同大学のキャンパス・カンパニーの数は現在30社以上であるが、これらはすべて1997年以降の設立である。
 サクセス・ストーリーとしては、リエージュ大学からのスピン・アウトで現在もサイエンス・パーク内で活動するバイオ研究用装置や材料を製造するEUROGENTEC社が挙げられる。


3.終わりに

 上記に解説した中で、スウェーデンのシースタ以外は、大学が中心となっている。大学が産業界からの研究資金の確保のため自ずと産学連携がなされ、サイエンス・パークやインキュベータの整備により、これらが相乗効果をもたらす形で先端産業が集積し、ベンチャー企業が発展しているように感じる。大学が現地の経済活動に積極的に組み込まれ、この基盤の上に先端産業が形成されているわけである。
 大学が産業界からの自己収入源を重要視する伝統は我が国の大学(特に国立大学)にはなく、根本的に大きく異なる点である。日本のテクノポリスは、フランスのソフィア・アンティポリスに類似している。官製テクノポリスという点で共通であり、政府が大企業の研究所を誘致したという点でもよく似ている。小生が1年半前にソフィア・アンティポリスを訪問した際には、日本のテクノポリスより大きな活力を感じたが、上記の5大テクノポリスと比較すれば、WIRED誌のランキングにおけるベンチャー関係のクライテリアの得点が示すように、ソフィア・アンティポリスですらこれらテクノポリスよりも劣っていると言わざるを得ない。政府が、田園地帯や山間部のような何もない地域に研究団地を造成する形式、すなわち「無」の状態から計画的にテクノポリスを作る手法では先端産業の集積は成功しにくく、むしろ、大学に自己収入源を模索せざるを得なくするような制度面での改革を行い、既存の研究拠点から更なる知識集積を促進するような方式の方が効果的であるように感じた。


U.産業動向


1.インターネット

<独:オンライン証券の経営苦境>
 ドイツのオンライン証券は1年前まではノイアーマルクト(新興株市場)で花形銘柄であったが、ここへ来て経営が苦しくなっており、何らかの打開策が必要な段階に至っている。最大手のコムディレクト(コメルツ銀行子会社)は2003年以前に黒字転換は困難で現在外国子会社の提携先を探している。第二位のコンソルスは合理化計画を発表すると同時に、今年は赤字の可能性があるとしている。第三位のDABバンク(ヒポフェラインス銀行子会社)も2001年の損益均衡は困難であるとしている。大銀行がバックについている会社は存続に問題はないが、すでに小規模業者の倒産が発生しており、コンソルスなど独立系は厳しい状況に追い込まれる。最近もアリアンツ保険がコンソルスを買収するとの噂も出ている。

2.テレコミュニケーション

<伊:ウィンド、インフォストラーダ合併へ>
 イタリア第三位の移動体通信事業者ウィンドは、7月4日、イタリア第2位の固定電話会社インフォストラーダとの合併を決定した。両社は既に伊エネル(電力公社)の傘下に入っており、両社の合併は昨年からの既定路線である。新会社は、固定電話加入者が670万人、携帯電話加入者が650万人、インターネット加入者が640万人となり、イタリア国内においてテレコム・イタリアに対抗できる勢力となる。

<ポーランド:仏ヴィヴェンディがPTCの経営権を取得>
 ヴィヴェンディとドイツ・テレコムは、ポーランド1位の携帯電話会社であるPTCの経営権を巡って、この数ヶ月間激しい買収合戦を行ってきた。ドイツ・テレコムはPTC株式の49%を保有しており、新たにPTC株3.45%を4億ドルで買収するとのオファーを提示していた。一方、ヴィヴェンディはPTC株の51%を保有するエレクトリム・テレコム(親会社)の資本の49%を有しており、今回新たに2%を買い足して出資比率を51%することにより、経営権を取得した。

3.メーカ

<仏:アルカテル、ファブレス企業へ>
 ルーセントとの合併計画が破談した仏通信機器メーカのアルカテルは、大規模なリストラに着手した。同社は6月27日、生産部門をEMS企業(電子機器の受託生産事業)に委託することで「ファブレス」化(工場を所有しない)を図るとの経営戦略を発表した。世界の102工場のうち50工場が2002年末までに売却される。

<蘭:フィリップス、携帯端末の自社生産から撤退>
 蘭フィリップス(家電)は6月26日、携帯電話端末の自社生産を停止すると発表した。フィリップスは中国のチャイナ・エレクトロニクス・コーポレーション(CEC)と合弁会社を設立、ここに生産を委託する。合弁会社の資本構成についてはフィリップスが少数株主になる。フィリップスの携帯端末は主に仏ルマン工場で生産されていたことから、同工場では大規模な人員削減が実施される。


V.政策動向

<ユーレカ計画:190の新プロジェクトが決定>
 6月28日、スペインのマドリッドで32ヶ国からなるユーレカ大臣会合が開催され、190の新しいプロジェクトが決定された。これらのプロジェクトに対する総予算は4.93億ユーロであり、昨年の新プロジェクトに対する予算よりも9,000万ユーロの増加である。

<仏:下院財政委、ICカード安全性に関する報告書を採択>
 下院財政委員会は7月11日、ブラール議員(共産党)がまとめた決済機能を備えたICカードの安全性に関する報告書を採択した。報告書は主に、ICカードの安全性向上を目指して国が積極的に研究開発努力を傾注することが望まれると指摘、特に、指紋や音声を利用した本人確認の新技術の研究に取り組むことを提案している。小額決済の電子マネーカードについては、ユーロ導入をにらんで、欧州レベルで規格統一を進めることが重要だと指摘、ユーロカード・マスターカードとビザが推進するICカードの統一規格EMVについては、ICカードの技術仕様を決める主導権を米国に奪われるとして、仏ならびに欧州が積極的に関与することの必要性を強調している。

<独:次世代携帯電話事業権料収入の一部をIT研究プロジェクトに支出>
 ブルマーン研究相は7月16日、次世代携帯電話事業権料収入(総額508億600万ユーロ)をもとに、IT関連の39件の研究プロジェクトに総額で6,600万ユーロを支出する方針であることを明らかにした。



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