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パリ駐在員報告
 【 2005年8月号 】



 欧州議会によるソフトウェア特許指令案の否決


はじめに

 2005年7月6日、欧州議会はいわゆる「ソフトウェア特許指令」案の採決を行い、反対648票、賛成18票、棄権14票の反対多数で同指令案を否決した。これにより、2002年2月に欧州委員会が提案して以来続けられていた欧州におけるソフトウェア特許指令に関する議論に一応の終止符が打たれた。


欧州ソフトウェア特許指令案の検討経過

 ここでは、今回の採決に至るまでの欧州ソフトウェア特許指令案を巡る検討の経過について改めて振り返ってみる。
 欧州では、1970年代に締結された「欧州特許付与に関する条約」により、ソフトウエア(コンピュータ・プログラム)は特許することができる発明から明示的に除外されている。一方、欧州特許庁(EPO)はこれまでも運用において、コンピュータ・プログラム自体は特許の対象外であるが、技術的性質を有するものは特許の対象として認めるとの方針を示してきている。欧州委員会は、欧州特許庁のこのような運用状況等を踏まえ、各加盟国における取り扱いの調和を図るとの理由、あるいは既に幅広く特許を容認しビジネスモデル特許に関する紛争などを引き起こしていた米国の特許政策を牽制する視点の下、2002年2月にソフトウェア特許指令案を採択し、閣僚理事会と欧州議会に対し指令により法制化することを提案した。

(1) 欧州委員会が提案した当初指令案
 欧州委員会が2002年に提案した指令案は、同委員会によれば、コンピュータ・プログラム全般に特許可能性を認めるのではなく、「技術的貢献」という概念を導入して制限的に特許性を認めるものであり、この点で米国の考え方より対象が厳格に制限されているとしていた。「技術的貢献」とは、機械装置の制御ソフトなど、技術機械・装置を通じて新規性が発揮されるもので、単なるビジネスモデルのように、経済的な発想を既存技術の利用によって実現させるものは特許の対象とならない。また、既に知られている方法や技術を単にコンピュータ化した場合や、ビジネスや同種の手法をコンピュータにより実行しただけのものは特許性を有するものとはみなされない、としていた。
 この説明に対し、プログラマーやデベロッパーは、指令案全体の実際の考え方は特許の可能性を寛大に定義しているため、米国で起きたようなビジネスモデル特許をめぐる状況を未然に防ぐものではなく、インターネット社会における自由活発なソフトウェアの創造活動を阻害するとして、強く反発した。Eurolinux Allianceなどフリー・ソフトの団体を中心に、中小企業も加えたFFII (Foundation for a Free Information Infrastructure) が結成され、指令案に対する反対運動が展開された。

(2) 欧州議会1次審議での修正案の採択
 欧州委員会が策定した指令案を指令として発行させるには、欧州議会と閣僚理事会の承認を経る必要がある(Co-decisionルール)。欧州議会は2003年9月、指令案の第1次審議において、大幅な修正を加えた案を採択した。「技術的貢献」の定義を厳格にとらえ、例えば単にコンピュータやコンピュータ・プログラムを実装した装置を利用しているだけでは技術的貢献とはみなされないこと、技術的貢献の要件として、新規性があり、明白な事項でなく、産業に適用しうるものであることなどを明記するなどの修正を行った。
 この修正案は、当初案と比較してソフトウェア特許の対象を著しく狭める内容で、すでに当初の欧州委員会案に対してさえ批判的であった米国をはじめ世界的な趨勢にも逆行するものとの批判が生じた。欧州の事業者団体は、既に欧州特許庁(EPO)等から認められた特許保護さえも保証されなくなるおそれからこの修正案に反対し、欧州委員会案の採用を求める書簡を提出するなどの活動を行った。

(3) 閣僚理事会における再修正及びその後の混乱
 2004年5月、閣僚理事会(競争案件(域内市場、産業及び研究)担当)は、欧州議会による修正の一部を受け入れる形での政策合意に達した。欧州委員会委員の説明では、閣僚理事会で合意された案は当初の委員会案を維持するものであり、ビジネス方法や技術的貢献のないコンピュータ・プログラムに対して特許を与えることを避けつつ、法制上の明確さを確保しようとするものであるとしている。しかし、実際には、本合意は欧州議会1次審議における修正の主要部分のほとんどを受け入れておらず、コンピュータに実装された発明の特許性を除外するか否かという本質的な点で、欧州議会修正案と閣僚理事会で合意された案との間には隔たりがあることを認めている。
 従来であれば、欧州議会と閣僚理事会の見解がこのように対立する場合は、政治的力関係から、閣僚理事会の合意を踏まえた指令案を欧州委員会が準備して欧州議会に諮り、欧州議会がそれを大枠で受け入れてきた。
 しかし、本件に関しては、閣僚理事会における政策合意が行われたあとに大きく状況の変化が生じた。ドイツやオランダなど一部加盟国の議会が、閣僚理事会の合意内容は自国の意思に沿ったものではないとする決議を採択したり、2004年11月、ポーランド議会が欧州委員会指令案への反対決議を行うなどの動きを行った。
 さらに、2005年1月、欧州議会の議員グループが、指令案を撤回し完全な見直し提案を行うよう求める動議を提出、2005年2月には欧州議会法務委員会が指令案の撤回を求める決議を行うなど、欧州委員会や閣僚理事会を牽制する動きを行った。
 このような中、2005年3月、閣僚理事会は、欧州議会との調停プロセスを経ないまま、先の政策合意に基づき作成された指令修正案を正式に承認し、欧州議会に2次審議を行うよう求めた。


欧州議会における2次審議及び採決

 このような状況を受け、ソフトウェア特許指令案は欧州議会において2次審議が行われ、2005年7月6日に採決に付された。

(1) 欧州議会2次審議での議論
 欧州議会での指令案の審議では、本議案に反対の立場を有し多数の項目にわたる修正案を提出していたミッシェル・ロカール欧州議会議員(元仏首相)は、この議案に対する議論は全く分裂しており、全ての政治グループは、採択しないことにより発生するリスクを考えるよりも法案そのものを棄却する方を選ぶべきであると述べた。また、本法案の審議過程における欧州委員会及び閣僚理事会の対応に対し欧州議会全体に強い怒りが生まれていること、今回の投票では欧州委員会や閣僚理事会が欧州議会に対して十分な敬意を払うべきであること示すべきである、と述べた。

 一方、賛成の立場をとるベニータ・フェレロ=ヴァルトナー欧州委員会委員(対外関係担当)は、指令がなければ、各国特許機関や欧州特許庁により承認されるコンピュータに実装された発明が整合性を確保できず、欧州域内で規則の解釈に相違が生じることを許容し続けることになる、と述べた。

(2) 欧州議会における採決
 7月6日の指令案採決では圧倒的多数の議員が反対票を投じ、ロカール議員が述べたように、ソフトウェア特許そのものに対する立場の如何に関わらず、ほとんどの議員は本件指令が発効しないリスクよりも本指令案の棄却を選択することとなった。
 いわゆる”Co-decision”ルールに従い、今回の欧州議会による指令案の否決は、本指令案の法制的な手続の終了と指令の廃案を示すものである。ホアキン・アルムニア欧州委員(経済・通貨問題担当)は、7月5日の審議において、本議案が棄却されれば、欧州委員会は新たな提案を提出することはないであろう、と述べている。
 本件は、ソフトウェア特許そのものに対する議論に加え、欧州連合の意思決定における欧州議会と閣僚理事会との微妙な関係を示す意味でたいへん興味深い事例と言え、今後の欧州憲法制定の動向などにも一定の影響を及ぼすかもしれない。

(最後に)  本号より、前任の福田賢一氏に替わり、有倉陽司が本稿の執筆を担当させていただきます。よろしくお願いいたします。



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