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ニューヨーク駐在員報告
 【 2003年2月号 】



  〜 米国におけるLinuxを巡る動向 〜

JEITAニューヨーク駐在 荒 田  良 平


はじめに

今月は、米国におけるLinuxを巡る動向について取り上げてみたい。
Linuxは、ご存知のように1990年代に専門家の間でブームとなったものの、専門知識が無ければ扱えなかったことから裾野が広がらず、アプリケーションの絶対的な不足などが大きな課題となっていた。しかし、1999年にIBMがLinuxの本格的サポートを表明し、また手軽にLinuxを扱える各種ツールなども充実してきたことから、サーバーを中心にLinuxがかなり普及してきている。また、最近では欧州や南米、中国などで電子政府でLinuxをはじめとするオープンソースの調達を優先する動きがあり、米国ではこうした動きはごく一部ではあるものの、今後の動向が注目される。
こうした中で、去る1月21日から24日にかけて、ニューヨークで恒例のイベント「Linux World Conference & Expo」が開催された。本稿では、このいわゆるLinux World New York 2003の報告なども交えながら、Linuxを巡る動向について概観する。


1.米国連邦政府のIT関連R&D予算の分野別分類及び組織体制

(1) Linuxとは
Linuxについては今さら御説明する必要もないとは思うのだが、一応、今回の原稿を書くにあたり参考にした文献などから、簡単にその概要を整理しておく。

Linux(リナックス)は、日本のLinux情報に関するウェブサイトwww.linux.or.jpによると、「自由に再配布することのできる独立したUNIX系OS」である。本来はLinuxはOSの中核となるカーネル(メモリー管理機能、ネットワーク機能、仮想ファイルシステムなど)だけを指す名称であるが、Linuxカーネル・ベースのシステム全体を指してLinuxと表現することもある。(本稿では専らシステム全体の意で用いる。)
Linuxはフィンランドの大学生だったLinus Torvalds氏によって作成され、1991年に初版が公開された。その後、インターネットを通じ開発コミュニティによってその改良が行われるとともに、Linux環境下で利用できる様々なソフトウェアが開発されてきているが、Linuxカーネルの管理自体は現在でもLinus Torvalds氏が行っている。

LinuxはUNIX互換OSとしての種々の技術的特徴を有しているが、それらを別としてその最大の特徴といえば、「オープンソース」であるということであろう。
オープンソース・ソフトウェアとは、ごく簡単に言えば、ソフトウェアのソースコード(人間が理解できるプログラム言語で書かれたプログラム)が入手できる、ソフトウェアの使用、複製、修正、再配布が自由である、等の条件を満たすライセンスによって配布されるソフトウェアである。(オープンソース・ソフトウェアの定義はOpen Source Initiativeのウェブサイトwww.opensource.org参照)
なお、オープンソース・ソフトウェアはフリー・ソフトウェアとほぼ同義で使われることも多い。(フリー・ソフトウェアの定義はGNUのウェブサイトwww.gnu.org参照) しかし、フリー・ソフトウェアは本来反商業的な運動であり、例えばその代表的なライセンスであるGNU General Public License(GPL)はソフトウェアの修正・再配布にあたってもGPLの適用を義務付けているため他の独占的(proprietary)な商用ソフトウェアなどとの結合が難しい面があるのに対して、オープンソースはソフトウェアを修正・再配布する際に独自のライセンスを適用することを許容するようなものも含めた概念である。(なお、Linux OS自体はGPLによって配布されている。)

Linuxの複製・再配布が自由だとすると、どうやって商売が成り立つのかということになるのだが、GPLはソフトウェアの配布を有料で行うことを制限するものではなく(入手した者が複製・再配布等を行う自由を保障しているだけ)、Red Hat、TurbolinuxといったLinux製品のディストリビューターは、安価なソフトウェア・パッケージの販売の他、システム構築・メンテナンスのコンサルティングやサポート、エンジニアのトレーニングなどで収益を上げているのが現状である。

(2) Linux市場の動向
Linux市場の動向については、調査会社などが数字を公表しているので、以下にいくつか掲載しておく。

  • IDCによると、2001年のサーバー用OS市場における出荷本数で見たLinuxのシェアは25.7%であり、Windowsは49%、UNIXは11.6%だったという。
    http://www.idc.com/getdoc.jhtml?containerId=pr2002_09_04_181241

  • IDCによると、2001年時点におけるクライアントとサーバーを合わせたOSの導入本数は、Linuxが21億8,600万本、Windowsが70億2,500万本、UNIXが26億7,700万本であり、2006年にはそれぞれ65億9,400万本(+24.7%/年)、142億7,500万本(+15.2%/年)、20億7,300万本(−5%/年)になる見込みだという。
    http://www.cio.com/archive/120102/tl_numbers_content.html

  • IDCによると、2002年第3四半期のWindowsサーバーの売上高が対前年同期比3.2%増だった一方、Linux サーバーの売上高は26.7%増を記録したという。サーバー市場全体が5.6%減となる中でのこれらの伸びは、UNIXサーバーの10%減という減少によって賄われている。
    http://www.idc.com/getdoc.jhtml?containerId=pr2002_11_26_181630

  • Linuxはサーバー市場では15〜20%のシェアを得ているという見積りもあるが、IDCによると、2001年におけるデスクトップ市場でのLinuxのシェアは2%(マイクロソフトは93%)に過ぎず、2006年までにこれが5%程度まで増加する見込みだという。
    http://www.newsfactor.com/perl/story/20039.html

  • IDCによると、Linux動作環境への支出は2001年の8,000万ドルから2006年には2億8,000万ドルに増加することが見込まれるという。
    http://www.idc.com/getdoc.jhtml?containerId=pr2002_07_16_104905

こうした数字を見るにあたって難しいのは、Linuxがオープンソースであり安価かつ複製自由であることから、金額や本数などどれをとっても本当に実態を反映しているのかどうかがわからないという点であろう。ただ、トレンドとしては、Linuxはサーバー市場において主にUNIXのシェアを食ってそれなりの地位を築いてきている一方で、デスクトップ市場ではまだまだWindowsの牙城を脅かすには至っていないということが言えるであろう。

(3) 具体的事例
では、Linuxは具体的にどのような形で導入されているのであろうか。
IBM、HPなどLinuxをサポートする大手システム・ベンダーやRed Hat、Turbolinuxなどのディストリビューターは、Linuxが既に顧客の信頼を得るに足る段階に達していることを示すため、導入事例の宣伝に躍起になっており、後述のLinux World New York 2003におけるIBMのキーノート・スピーチでも様々な事例を紹介していたほか、各社のLinuxウェブサイトでも数多くの導入事例をCase Studyとして紹介している。(例えば、IBM、HP、Red Hat、TurbolinuxのURLはそれぞれ以下の通り。)

http://www-3.ibm.com/software/success/cssdb.nsf/topstoriesFM?OpenForm&Site=linuxatibm
http://h30046.www3.hp.com/search.php?topiccode=linuxcasestudy
http://www.redhat.com/casestudies/
http://www.turbolinux.com/customers/

これらを見ると、Linuxはまだ企業内の一部サーバーに導入されるに留まっている感は否めないものの、徐々にではあるがミッション・クリティカルと言われる基幹系業務システムにも導入されてきていることが窺える。

また、各種報道でもLinuxの導入事例は数多く紹介されている。以下に、最近報道された政府機関における事例をいくつかピックアップしておく。(これらの情報はJETROサンフランシスコから提供していただいた。)

Lawrence Livermore国立研究所(LLNL)/米国海洋大気庁(NOAA) Forecast Systems Laboratory
最新のスパコンTop 500リストの10位以内に、米国政府の2台のLinuxクラスタ機がランクインした。
5位のLLNLのマシンはLinux Network社製で、2.4GHzのインテルPentium Xeonプロセッサを2,304個使用しており、性能は理論値で11TFLOPS、ベンチマーク値で5.69TFLOPS。
また、NOAAのマシンはHigh Performance Technologies社製で、2.2GHzのXeonチップを1,536個使用して折り、性能はベンチマーク値で3.3TFLOPS。
(Government Computer News、11/15/02)
http://www.gcn.com/vol1_no1/daily-updates/20531-1.html

LLNL
IBMは11月19日、LLNLに2台のスパコンを納入する2億9,000万ドルの契約を米国政府と締結した。
うち1台は、Linuxを搭載するBlue Gene/Lで、65,536のノードを接続し、現在世界最速のNEC製「地球シミュレータ」の10倍の360TFLOPSでの稼動を目指す。
(ZDNet News、11/19/02)
http://zdnet.com.com/2100-1103-966312.html
http://www.zdnet.co.jp/enterprise/0211/22/n06.html

ユタ州St. George警察
ユタ州St. George警察では、呼吸が止まった幼児の家に救急車を向かわせる際に緊急連絡システムがフリーズした一件があってからすぐ、6台の緊急連絡用コンピュータをWindows95からRed Hat Linuxへ変えた。1998年11月以来、St. Georgeと周辺のWashington郡では911(緊急連絡)システムにLinuxを使っており、最近では刑務所や刑事部でもLinuxを使い始めた。
(boston.internet.com、11/8/02)
http://boston.internet.com/news/article.php/1497311

連邦航空局(FAA)
FAAは、パイロットの緊急避難情報をインターネットで提供するシステムを、ウェブ・サーバーにRed HatのApache Stronghold Enterpriseを用いて構築した。
(Government Computer News、11/4/02)
(http://www.gcn.com/21_32/news/20349-1.html

国家航空宇宙局(NASA) Ames Research Center
NASAのAmes Research Centerの研究者は、ワイヤレスLAN(802.11b)のセキュリティ・システムを、Open BSDを走らせた普通のPC、3つのオープンソース・ソフトウェア及び少しの自作コードによって作り上げた。
(Government Computer News、10/7/02)
http://www.gcn.com/21_30/news/20191-1.html

ロードアイランド州
ロードアイランド州では、「規則と法規」ポータルサイトをRed Hat Linux上で走るApacheウェブ・サーバー・ソフトで運用している。このポータルサイトは6か月で開発され、コストは3,000ドルだった。
(Government Computer News、7/22/02)
http://www.gcn.com/21_20/statelocal/19331-1.html

(4) Linuxを巡る論争 〜 知的財産、コスト、セキュリティ、信頼性、拡張性、そして政府調達
ここで、最近のLinuxを巡る論争について簡単に触れておこう。
Linuxを巡っては、様々な観点からその長所・短所についての議論がある。特に、マイクロソフトがLinuxに危機感を抱き、2年ほど前から「Linuxは知的財産の観点から言うと癌のようなもの」「GPLはパックマン」などと攻撃を始めてから、Linuxを巡る論争が注目されるようになった。また、コスト、セキュリティ、信頼性、拡張性などの「まっとうな」観点からも論争が起こっている。さらに、欧州や中国のように特定ベンダーへの依存を回避したいという意図的なものとは意味合いが少し異なるものの、米国でも電子政府分野においてLinuxの導入が少しずつ始まっており、政府調達におけるLinuxの是非についても論争が起こっている。

知的財産の問題については、知的財産(と市場独占状態)によって4〜5割、クライアント系ソフト(Windows XPなど)だけだと8〜9割という驚異的な営業利益率を享受しているマイクロソフトと、そもそも独占的(proprietary)なソフトウェアは認めないという思想から出来たGPLを基本とするフリー・ソフトウェア陣営とでは議論が噛み合うはずがない。
ただし、GPLといえども、クライアントが承認しなければ公開しないという条件下でディベロッパがフリー・ソフトウェアを改変してクライアント向けに新しいソフトウェアを開発することは妨げていない。つまり、ここで言う知的財産の問題とは、システムの導入側の問題ではなく、あくまでソフトウェア産業を巡る産業論、技術革新論としての問題である。

また、TCO(Total Cost of Ownership)が話題となっているコスト論争について付言しておくと、後で触れるように、Linux World New York 2003の「連邦政府から見たオープンソース」に関するセッションでは、政府関係者の間でも、政府調達においてはLinuxを選ぶ理由として(一般論として)低コストであることが指摘されている一方で、「政府調達予算は市場の力ではなく政策と認可によって決まるのでコストは問題ではない」といった意見も出ている。ますます混迷を深めているという感があるが、結局はこの論争は「TCOの優劣はケース・バイ・ケースで異なる」という結論に落ち着くのであろうか。

その他のLinuxを巡る論争について、ここで逐一取り上げることは控えるが、マイクロソフト陣営とLinux陣営が入り乱れて様々なレポートが発表されている。最近発表されたレポートで目に付いたものを以下に2つだけピックアップしておく。

「Linux - Enterprise Ready?」(Bloor Research North America、11/19/02)
Bloor Research North Americaは、3年前に「Linuxは大規模業務用アプリケーションのサポートという点で"not ready"である」とするレポートを公表。今回はそのフォローアップとして、Linuxの拡張性、入手可能性、信頼性、セキュリティ、管理性、柔軟性について評価し、「今や業務用にも"ready"だ」と結論付けている。(このレポートは、先日のLinux World New York 2003でもIBMが宣伝していた。)
http://www.bloor-research.com/content/press/56/index.php

「Use of Free and Open-Source Software(FOSS) in the U.S. Department of Defense」(The MITRE Corporation、1/2/03)
The MITRE Corporationは、DODにおけるフリー/オープンソース・ソフトウェア(FOSS)の利用実態を調査し、115のアプリケーションを利用する251の事例をとりまとめた。報告書は、FOSSはDODにおいて、特にインフラ・サポート、ソフトウェア開発、セキュリティ、研究の4分野で重要な役割を果たしていると結論付けている。
http://www.egovos.org/pdf/dodfoss.pdf


2.Linux World New York 2003

2003年1月21日から24日にかけて、ニューヨーク市マンハッタンのJacob Javitsコンベンション・センターで「Linux World Conference & Expo」が開催された。このイベントは、冬にニューヨークで、夏にサンフランシスコで開催されているものであり、ニューヨークでの開催は4回目。ニューヨーク版の方が場所柄マーケティング色が強いと言われる。
150社が出展する展示会場やAMD、IBMといった主要企業幹部によるキーノート・スピーチなどを私も実際に覗いてみた他、最近日本でも注目されている政府関連部門へのLinuxの導入に関しても「政府/国防におけるLinux」というトラックが設定されいくつかのセッションが行われたので、これにはアシスタントのMatthew Vetrini君に張り付いてもらった。以下に、その概要について簡単にご紹介しておきたい。

(1) 全体概要
今回のいわゆるLinux World New York 2003は、主催者であるIDG(IDCの親会社)によると、出展企業は150社、来場者数は1万7,000人程度の見込みとのこと。私は始めての参加なので以前との比較ができないのであるが、聞いてみると、やはり不況の影響もあって来場者は(テロ事件の影響を受けた昨年はともかく)一昨年に比べ減っているのではないかという声が聞かれた。ただし、展示会場の規模を縮小し適正規模にしたこともあってか、実際には通路の混み方などもそこそこで、最近の他のガラガラのIT関連イベントに比べると活気が感じられた。(図表1)

図表1 Linux World Conference & Expo展示会場
図表1

特にLinuxらしいのが、展示会場の一角にある「.ORG Pavilion」で、Linuxコミュニティの様々なNPOがまさに手作りの出展を行っており、既成イベントには無い熱気を放っていた。(図表2)
嬉しいことに、この「.ORG Pavilion」には日本からも日本Linux協会(http://jla.linux.or.jp/)の名前でブースが設けられいくつかの手作りソフトウェアが出展されており、来場者が足を止めて熱心に質問する姿が見られた。(同ブースを率いる潟Oッデイ代表取締役の前田青也氏によると、「出展ソフトの質では他のブースと比べてもハイレベル」だとのこと。)(図表3)

図表2 「.ORG Pavilion」
図表2


図表3 「日本Linux協会」ブースと(株)グッデイの前田青也氏
図表3

キーノート・スピーチは、AMDのHector Ruiz社長兼CEOとIBMのSteven Mills上級副社長兼Group Executiveの両氏によるものを聞くことができた。
AMDのRuiz氏のスピーチは、もちろん同社のLinux対応64ビット・プロセッサのPRを含んでいたが、全体としてのメッセージを一言で言えば「AMDはLinuxコミュニティの皆様とともに歩んでいきます」とでもいうもの。もちろん、その背景には、マイクロソフトとの交渉やインテルとの競争にあたってLinuxをカードとして使いたいという思惑があるのであろうが、こうした「コミュニティ」なるものに最大限配慮したメッセージを半導体大手AMDの社長が発すること自体が私にとっては新鮮であった。
そのスピーチのタイトル「Playing Well With Others」が示すとおり、Linuxワールドでは他者とWin-Winの関係を築きうまくやっていくことが必要であり、「一人勝ち」は許されない。スピーチの中でRuiz氏は「健全な競争感覚が真のイノベーションにつながる」と述べ、またコミュニティ関係者も交えたディスカッションの中では「Linuxワールドでは誰もイノベーションを支配していない」旨の発言があったが、これらはLinuxの本質を表している一方で、市場を支配する某社に対する強烈な皮肉であるとも受け取れる。
一方、IBMのMills氏のスピーチは、これまた強烈に同社のLinux事業を実例入りでPRするものであったが、メッセージを一言で言えば「Linuxへの流れは定着した」というもの。Linuxの弱点とされていたミッション・クリティカル系(高い信頼性を要する基幹系システム)にもLinuxの導入が進んでいること、巨大な潜在市場である中国で郵便局ネットワークにLinuxが採用されたことなどを紹介し、IBMは5,000人のLinux要員を抱え強力にLinuxをサポートしていることを改めて表明した。(図表4)

図表4 IBMのMills氏のキーノート・スピーチ
図表4

なお、Linuxコミュニティ関係者に言わせると、今回のLinux World New York 2003は(場所柄や時節柄もあって)IBMをはじめとする大企業色が強まっており、Linux本来の手作り的世界とは異なる面も目立ったとのこと。確かに、IBMやHPが大量に顧客を招待しており、展示会場やキーノート・スピーチ会場にスーツ・ネクタイ姿のビジネスマンが見受けられる(かく言う私もスーツ・ネクタイ姿だったのだが)さまは、とても「Linux的」とは言えないかもしれない。
こうした状況は、まさにLinuxがITバブル崩壊を経て継続的ビジネスとしての在り方を模索するというという新しい段階を迎えつつあることの表れであるとも考えられよう。

(2) Linux in Government/Defense
今回のLinux World New York 2003では、「Linuxの管理」、「ビジネス/新技術」、「セキュリティ」など7トラックのテーマ別セッションが開催された。このうち「政府/国防におけるLinux」というトラックに、アシスタントのMatthew Vetrini君に張り付いてもらった。彼からの報告をベースに、このトラックで行われたセミナーのうち「連邦政府から見たオープンソース」及び「米国民のために稼動するLinux:郡政府の事例」という2つのセッションの概要について紹介する。


【 連邦政府から見たオープンソース 】

Andy Roosen氏(NIST)
Roosen氏はそのプレゼンテーションを、「政府はビジネスではない」という単純で明白な事実を指摘することから始めた。そして、政府がオープンソースを採用する理由について、以下のように述べた。

@歴史(History):
 政府の仕事は未来の国民や歴史家も含め"すべての人"のためのものである。政府は永久に記録を残す義務を負っており、それらは読めるものでなければならない。オープンな文書化された書式というのがその答である。そして、ソースコードも重要な記録文書である。

A説明可能性(Accountability):
 政府はどのような行動がとられどのようにして決定が行われるかを国民に知らせる義務を負っている。標準が重要な理由は"歴史"と同様である。そして、ソフトウェア自体が既知であって初めてそのソフトウェアによって定義されたプロセスが既知であり得るのである。

B安全性(Security):
 "安全性"には、明確な秘密情報とありきたりの情報の双方を含む。政府はより一層攻撃目標になりそうであり、また攻撃者はより専門的になりそうである。そこで、ソースコードへのアクセスがセキュリティ・ホールの発見と修復の観点から重要である。

Cサービス(Service):
 "サービス"は、政府のレゾン・デートル(存在理由)である。FOSS(Free and Open Source Software)の使用によってすべての人が政府の投資から利益を得ることができる。また、標準書式の使用によってすべての人が政府の情報にアクセスできる。

Dコスト(Cost)?そうではない:
 なぜコストが問題ではないのか。予算は市場の力によってではなく政策及び認可によって作られる。「使いなさい、さもなくば失うでしょう」という予算慣行もある。TCO(Total Cost of Ownership)は定量化するのが難しく、「知らないよりは知っていた方がまし」というだけである。

さらにRoosen氏はソフトウェア製造業者について、本来なら何年も前に倒産していたであろう多くの企業が政府に依存することによって生き延びているが、政府はこうした進化し損なった企業のための福祉機関であってはならないと指摘した。

Lisa Wolfisch氏及びRachael Laporte-Taylor氏(US Census Bureau)
Wolfisch氏及びLaporte-Taylor氏は、今や多くの重要プロジェクトでオープンソースが使われていることを指摘し、その理由として次のような諸点を挙げた。

@ 低コスト
A 調達が遅れない
B プロトタイプへの投資が小さく方針転換が容易
C 政府の雑多なコンピュータ環境での可搬性
D アプリケーション開発の速さ
E コンポーネントの交換が可能
F 一貫性および信頼性
G 専門家からの支援が得られアプリケーションのソースコードの作者と相談できる


こうした理由から、Census Bureauは以下のオープンソース・プロジェクトを実施した。

@ Quickfacts(www.quickfacts.gov):
 Quickfactsは予算の無いプロジェクトであり、オープンソースだから開発できた。また、企画から公開まで6か月しかかからなかった。

A Fedstats(www.fedstats.gov):
 FedstatsはCensus Bureauの最初の電子政府プロジェクトであり、100以上の機関が関与した。このプロジェクトのコストは独占的な(proprietary)検索ソフトウェアの初期コスト15万ドルと毎年の維持およびライセンス料3〜4.5万ドルだけである。

B Mapstats(www.mapstats.gov):
 オープンソースの利用によって、ユーザーが広範なデータ・ソースにまたがる奥深い検索を行うことが可能になった。オープンソースはまた、データの速やかな移転やSection 508への適合を可能とする。

このように早期にオープンソースが採用されたのは、Census Bureauがオープンソースを標準とすることを決定したからだという。


【米国民のために稼動するLinux: 郡政府の事例】

David Gallaher氏及びSteve O'Brien氏(コロラド州Jefferson郡)
コロラド州Jefferson郡は、革新的プログラムによって旧式のシステムの統合を行っているが、その最も重要な側面は、安定性、安全性及びコスト効率を実現するためLinuxプラットフォームへの移行を決めたことである。同郡は以下のような取り組みを行った。

@ 独占的な(proprietary)ソフトウェア・ベンダーに対し同郡とのビジネスを継続するためにLinuxでアプリケーションを作成するよう「圧力」をかけた。これによって同郡はベンダーとの契約に縛られなくても済むようになった。
A 同郡の情報開発部(IDD)が開発したアプリケーションは他の郡・市政府にも販売され、同郡は収入を得た。
B 同郡のIDDは地域のハイスクールとの先進的な協力プログラムを通じて、生徒にオープンソースのアプリケーションとハードウェアの構築のためのトレーニングを提供した。このプログラムによって参加者が貴重な技術的経験を得たばかりでなく、同郡の600のワークステーション構築費が5.4〜7.2万ドル節約できた。さらに、このプログラムによって同郡のサーバーのコストは市販のものよりもはるかに安い3,400ドルで済み、このサーバーも販売され同郡の収入となった。


おわりに

Linuxは、一つの転機を迎えているという見方がある。つまり、1990年代の専門家の間でのブームを経てある程度の普及が進んだ一方で、ITバブル崩壊によってLinux業界も「利益」に一層敏感にならざるを得なくなり、経営面で苦しんでいる企業も多い。こうした中で、大手システム・ベンダーによる市場牽引、場合によって政治的な意図も含んだ政府調達政策の台頭、といった「Linux的ではない」動きが出てきており、Linux関係者がどのように対応していくかが問われている、という見方である。
Linuxの成長は、面白おかしくマイクロソフトとの対立構造として語られることがあるが、まだまだLinuxには課題も多く、すぐにWindowsを代替してしまうようなことにはなりそうもない。ただ、とりあえず主にUNIXの市場を奪う形でLinuxの成長は続きそうだ。そして、複数の陣営に分裂してしまったUNIXの二の舞にならず、様々な課題を乗り越えてLinuxが顧客から見て本当に信頼できるものになった暁には、他の独占的(proprietary)なソフトウェアを市場の片隅に追いやってしまうことに本当になるのかもしれない。
Linuxを巡る議論の中でどうしても気になるのが、知的財産の問題である。フリー・ソフトウェア陣営の掲げる「ソフトウェアは 自由"であるべき」という理想は、理想としては美しいと思うのだが、現実問題として商業活動が成り立たなくてはソフトウェアの発展も阻害されてしまう。しかし一方で、これだけコンピュータが普及し、また今後もユビキタス社会を迎え我々の生活が一層コンピュータに依存するようになる中で、少なくともOSのような基本的なソフトウェアは「公共財」であるべきではないかという考え方にも頷ける面がある。
知的財産保護の目的は技術革新を促進することだとすれば、ソフトウェアを巡る知的財産保護(+独占禁止)の現状が技術革新を促進する方向にうまく機能しているかについては議論のあるところであろう。Linuxがマイクロソフトの市場独占状態の中で生まれた「あだ花」で終わらず、持続的な成長を続けていけるかどうかの鍵は、このあたりが握っているように思える。

もう一つ、Linuxの動向を見ていて感じるのは、Linuxのキーワードは「コミュニティ」だということである。この「コミュニティ」なるものは、インターネットによって可能となった、自ら主体的に発信し貢献することによって誰でも、また逆にそうすることによってのみ、参加できる世界である。Linuxの根幹を支えているのは、世界中のプログラマー達がほとんどボランティアで参加することによって成り立っているコミュニティである。
そこで問題になるのが、日本がどの程度このコミュニティに貢献しているのかということである。Linuxが本当に公共財として成長していくのであれば、その公共財への貢献は、長い目で見ると必ず重要な意味を持つことになるであろう。組織の論理とこうした個人単位で成り立つ世界とはなかなかなじまないのではあるが、コミュニティへの貢献は「基礎研究」と一緒だとでもする発想が必要ではなかろうか。
(了)

本稿に対する御質問、御意見、御要望がございましたら、Ryohei_Arata@jetro.go.jpまでお願いします。




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