~スマートホーム部会 丹部会長に聞く~ JEITAが考えるスマートホームの将来ビジョンとは
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スマートホーム部会長/国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 副学長丹 康雄(たん・やすお)
東京工業大学理工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。
1993年、北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科助手に就任。同情報科学センター助教授を経て、2001年に情報科学研究科助教授、2007年には教授に就任する。1990年代後半よりホームネットワークの研究開発、標準化活動に従事。
2017年9月にJEITA スマートホーム部会の部会長に就任し、現在に至る。
Q.JEITAではスマートホームをどう定義していますか?
A.人々の暮らしや日々の営みに関わる家電が、自宅内や自宅外でネットワークでつながるようになっています。一般的にはここまでをスマートホームと呼んでいますが、JEITAでは社会インフラや様々なサービスなどの「社会システムサービス」とつながることで、人々に安心・安全・快適を提供しつつ、社会の最適化を実現する試みをスマートホームと定義しています。
日本政府は現在、「フィジカル空間とサイバー空間が高度に融合することで、新たな価値を創造する人間中心社会への変革」を目指したSociety5.0を提唱しています。今後の日本では、すべての物理的なことがサイバー空間と連携しながら動くようになります。JEITAでは、Society5.0を実現するための基盤となりうるスマートホームに取り組んでいます。
フィジカル空間とサイバー空間との関係のマッチングをうまく形づくることがJEITAの使命だと考えています。そのためにはデータを中心としたシステムに移行していくことを支援するために、IoT家電や住宅設備など、さまざまな機器から得られるデータを各種サービスから利用する際の手引となる情報を収録するための「スマートホームデータカタログ」を公開しており、それを活用することによって新たなサービスが生まれる段階に入ろうとしています。
JEITAが定義しているスマートホームのすがた
スマートホームが普及したときには、安全性の問題も非常に重要となります。そこでJEITAでは、機能安全という観点で国際標準制定への協力を行っています。同時に、スマートホームのサイバーセキュリティの検討についても力を入れており、スマートホーム分野に適応可能な『スマートホームの安心・安全に向けたサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン』の整備にも取り組んでいます。
スマートホーム市場の実現に不可欠なサービスを推進していくための「スマートホームデータカタログ」・安全・セキュリティという3本柱で技術的な積み上げを行っているというのがJEITAのスタンスになります。
Q.スマートホームが実現することで社会はどのように変わっていくのでしょう?
A.JEITAが考えるスマートホームが実現すると、緊急医療やヘルスケア、介護・見守り、共助のコミュティ、資源の有効活用といったサービスが円滑にローコストで実現できるようになります。スマートホームの技術が様々な社会課題とうまく連携することにより、国全体として非常に大きなメリットを生み出すことができるでしょう。
ただ、エンドユーザーから見ると「スマートホーム」についてのイメージはまちまちです。そこで、わかりやすい例として「家事アプリケーション」という話で説明したいと思います。
昭和の家事は極めて合理的に行われていました。例えば、朝起きたらすぐにカーテンを開けます。そうすると日光が顔に当たり、脳内物質のセロトニンが分泌され覚醒することになります。
朝食後には、窓や引き戸を開け、ホウキを使って宅内の掃除を始めます。その結果、外気温や湿度のことを知ることができ、掃除した後は窓や引き戸を開けたままのほうが良いのか、閉めたほうが良いのか判断を付けられるようになります。
それと同じことをセンシング技術の活用によりスマートに実現できるようになります。それにはなにも電動窓を付ける必要はありません。センサにより取得した情報を基に、「今日はエアコンを付ける必要はありません。快適ですから、窓を開けたほうが良いですよ」と窓に表示できるようにするだけでいいわけです。
このように小さな技術を積み重ねていくことにより、ヒートショックによる健康被害を防げますし、センシングによるロコモティブ症候群予防などで健康寿命を伸ばすことも可能になります。
JEITAが考える日本型スマートホームシステム
スマートホームサービスを大きく2つに分けると「ゼロをプラスにするサービス」と「マイナスをゼロに近づけるサービス」があります。
ゼロをプラスにするサービスの代表的なものと言えば娯楽サービスです。音楽配信や映像配信、ゲームなどが最たるものです。
マイナスをゼロに近づけるサービスは、日常生活の中の家事労働や日々の生活の営みの手間を減らすようなサービスです。このようなサービスはユニバーサルサービスとして非常に重要なものでありJEITAではそうしたサービスこそが日本型スマートホームに必須なものとして位置付けています。
Q.JEITAが考える日本型スマートホームと、一般的に認識されているスマートホームとの違いは?
A.ベーシックな生活のクオリティを上げられるのが本来の意味のスマートホームです。数年前に登場し普及しつつあるスマートスピーカーは、音声インターフェイスを実現するものとして重要な進歩をもたらしましたが、私は、スマートスピーカーが「スマートホームを形づくるコアテクノロジーではないと考えています。
スマートスピーカーを核とした、いわゆるアメリカ型のスマートホームでは、家電や住宅設備を基本的にWi-Fi経由でインターネットに接続して利用します。そのため、ある程度以上のITリテラシーがある人に向けたサービスであり、本質的にガジェット(目新しい道具)だと考えています。
一方、日本型スマートホームはユニバーサルサービスを目指していますので、高齢者など、社会的弱者を重視していると言えます。そのためにはユーザーに設定のためのITリテラシーを求めることは適切ではありませんし、接続も必ずしもインターネットではなくたとえばスマートメーターのネットワークでも可能とするべきです。そうすることで、住人の安否確認やライフラインの制御をすべての住民に提供することが可能となります。
日本型スマートホームの実現を考えたとき、機器を販売しているメーカーとサービスを提供している事業者との間にいかにプラットフォームを形成していくかということが問題となりました。ユニバーサルサービス実現のために単一のプラットフォームを実現するということは話としては単純ですが、米国でみられるような超巨大なIT企業も存在しない我が国では現実的ではありません。それよりはむしろ、異なる役割を持つ事業者同士が対等関係に近い関係で連携してプラットフォームの機能を実現する方が望ましい形であると考えられます。
こうした仕組みの中、家電機器やIoT住宅設備など、メーカー間やデータ連携プラットフォーマー間、サービス提供事業者間で互いに適切な相手を見つけられるサービスとしてJEITAが推進しているのが、「スマートホームデータカタログ」という位置づけになります。
一方、多数の事業者が密に連携しあってプラットフォームを形成するには時間がかかりますので、直近においては、ある程度プラットフォーム機能を有する事業者間で、それぞれの機器やサービスを互いに融通できるよう、プラットフォーム同士をIDで連携してつなぎ合わせることにより、クラウド上でデータ連携を行うことが現実的であると考えられます。2019年より、有志企業数社がそれを実現した結果、一気にデータ連携が実現したのは事実です。この手法をまとめたものが、「クラウド連携によるスマートライフサービス提供に関するJEITA標準モデル」として公開されています。
JEITAスマートライフを実現するプラットフォーム連携
JEITAが考えているスマートホームは、短期的にはアメリカ型のスマートホームに見劣りするかもしれません。ただ、最終的に人類全体に貢献できるのは日本型のスマートホームだと言えるでしょう。
Q.スマートホーム実現に不可欠なテクノロジーはなにがありますか?
A.スマートホームを実現するために必要なテクノロジーとして、以下の5つの要素があります。
- ネットワークに接続する技術
- センシングを整える技術
- アクチュエーションを整える技術
- コントロールする技術
- ビッグデータの基となるデータを記録する技術
JEITAが考えるスマートホームの実現には、これらの5つの技術を高度な形で実現していかなければならないと思っています。
Q.テクノロジーが高度化するだけではスマートホームは普及しないと思います。他にどのような取り組みが必要だと考えますか?
A.技術的な5つの要素はスマートホーム実現のためには重要な話ですが、たしかにスマートホームを世の中に普及させていくためには、HEMS(ホーム エネルギー マネジメント システム)がFIT(固定価格買取制度)とHEMS補助金で普及した例のように国の制度として後押ししていく必要もあります。
データ流通が円滑に回っていくような仕組みを国全体として作り上げていかないと、スマートホームが人々に普及するような話にはなりませんから。
それには、ポストコロナ時代のニューノーマルが人々の生活に定着していくかどうかがカギだと考えています。テレワークに適合した住宅が普及していくなど、生活様式が変化していくと、スマートホームに対する要求要件も変化していきます。
人々の生活の中に今以上にコンピューターが入り込みセンシングで人々の面倒を見てくれるような環境にならないとSociety5.0の実現は難しいという話に移行するきっかけをニューノーマルが果たしていくかもしれません。
Q.スマートホーム普及に向けた今後の取り組みを教えてください。
A.スマートホーム普及に向けJEITAに必要だと考えているのは、「オープンソース化」です。近年では無名の人物(企業)が革新的なプログラムを発表し世間を驚かせる といったことが日常茶飯的に起こっています。このようなイノベーションをスマートホームでも起こすためには、基となるテクノロジーを誰でも簡単に入手できるようなオープンソース化が重要です。
JEITAでも規格的なことはデータカタログはじめ、無料公開されていますが、それを基にして動くものをつくることのできる技術のオープンソース化も必要でしょう。
さらに、サーバーのオープン化も必要だと考えています。例えば、電子カルテシステムにおいては標準化団体であるHL7(Health Level
seven international)が、誰でも利用可能なテストサーバーを提供しており、書き込みも含めた動作試験を行うことができるようになっています。このような試みを行わないと、今の時代はうまく回っていかないのではないでしょうか。
スマートホームの分野においては、業界が自発的に始めた試みとしては、カバーしている範囲からも、実際に事業化が進められているという観点で見ても、JEITAは特異的な団体だと言えます。スマートホーム部会も、メーカーという立場のプレイヤーだけが主導している団体ではありません。
サービスを提供している事業者やプラットフォームを形成していく事業者といったプレイヤーの方々がメーカーとうまく連携することで、単独の実証実験だと必要になる莫大なコストをかける必要もなくなります。
Society5.0社会の実現に向け、メーカーだけでなくスマートホームのサービスを担うようなプレイヤーの方たちにも、JEITAのスマートホーム部会に数多く参画してほしいですね。