政府情報システムのソリューションサービス事業分野における
適正取引の確保に向けた提言2025

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2025年12月1日

一般社団法人 電子情報技術産業協会
ソリューションサービス事業委員会
ITサービス調達政策専門委員会

政府が推進する賃上げ促進等の各種の取り組みにより、政府情報システムの調達においても人件費単価が引き上げられる事例が増えてきていることについて、深く感謝申し上げます。しかしながら、依然として近年の急激な物価上昇や人件費の高騰には、まだ十分に追いついていない状況です。
政府の最重要政策である物価上昇を上回る賃上げと、産業全体の発展を両立させるとともに、持続可能な人材確保による日本全体のDXを実現するため、発注者(官公庁)を起点とする商取引全体において適正取引を実現すべきであるとの考えから、下記のとおり提言します。

提言

  • 魅力ある市場形成と人材定着に向けた、継続的な人件費単価の引き上げ 政府が推進している賃上げ促進等の取り組みは着実な成果をあげているが、依然として近年の急激な物価上昇や人件費の高騰に追いついていないのが実状である。
    また、適正な人件費単価での取引が定着することは、事業者の利益を確保し、継続的な賃上げの原資となるだけでなく、政府情報システム市場そのものを魅力あるものへと変革させる。これにより、優秀なIT人材が海外へ流出することなく国内に定着し、国全体のDX推進力と国際競争力強化につながる好循環が生まれる。
    そのため、政府情報システムの調達では、事業者から人件費単価見直しの要請があった際には、発注者(官公庁)はその交渉を継続的に受容すべき。
  • 実勢価格を反映した柔軟な予算確保 既存システム等の調達においては、前年度の予算額を前提とするのではなく、現在の経済状況を反映した適正な人件費単価で積み上げた費用を予算として考慮すべき。
    また、予算執行年度内であっても、急な物価や労務費の変動に対応できるよう、柔軟な予算確保を可能とすべき。
  • 経済状況の変化に応じて契約金額を見直す仕組みの導入 上記を実現するため、公共工事で導入されているスライド条項ⅰのように、労務費や物価の変動を契約金額へ迅速に反映させるための具体的な仕組みの導入を、政府情報システムにおいても検討すべき。

背景

  • 2021年以降、物価上昇は継続しており、政府は物価上昇を上回る賃上げの普及・定着に向けて下請事業者への価格転嫁・取引適正化等の取り組みを強化している

ソリューションサービス事業委員会ITサービス調達政策専門委員会(以下、「本専門委員会」)は、政府情報システム調達に係る諸課題の解決に向けた政府動向等の把握に努め、情報システム調達に関する諸政策に対し、関係機関への意見、提言等を通して、適切な制度の採用や、ガイドライン等への反映を図る活動を推進しております。

この活動の一環として、過去には2023年9月及び2024年12月に、「政府情報システムのソリューションサービス事業分野における適正取引の確保に向けた提言について」ⅱを公表してまいりました。

我が国経済は2021年以降、賃金上昇を上回る物価の上昇が続き、実質賃金は低下傾向にあり、企業活動におけるコスト負担も高止まりしています。

このような状況下で、政府は「賃上げを起点とした成長型経済の実現」に向けた取り組みを継続して推進し、物価高を上回る所得の増加に向けた政策を進めています。構造的な賃上げに係る政策として、中小企業の賃上げに向けた価格転嫁の促進や、企業への賃上げ要請と税制優遇措置、政府調達における賃上げ実施事業者に対する加点措置等を実施しているところです。

事業者側は、政府の政策を受けて本年の春季労使交渉は、昨年に続き34年ぶりの高水準の賃上げを実現しています。元請事業者は、賃上げに対応するとともに、価格転嫁政策にも対応することにより、中小企業をはじめとした下請事業者の価格転嫁は促進されておりⅲ、政策が着実に効果を生み出してきたと言えます。

課題

  • 元請事業者には、従業員の賃上げと下請事業者の価格転嫁の両方への対応が求められている
  • ソリューションサービス事業は3年連続で全業種トップの人手不足となっている
  • 民民取引のみならず官民取引においても価格転嫁が必要であるも、慣行上、人件費単価等の見直しが難しい

その一方で、従業員の賃上げと下請事業者の価格転嫁の両方への対応により、元請事業者は適正な利益を確保することが非常に困難な状況となっています。また、ソリューションサービス事業で人手不足を感じている企業の割合は2025年3月時点で約70%に達し、3年連続で全業種トップⅳとなっており、人材獲得競争の激化を招いています。ソリューションサービス事業にとって非常にインパクトのある政府情報システム調達ⅴにおいて、上記は喫緊の課題です。

これを解決するためには、元請・下請のような民民取引における価格転嫁だけでなく、官民取引における価格転嫁が必要不可欠です。しかし、官民取引の慣行上、人件費単価等の見直しが難しいという特有の課題も存在しています。例えば、予算確定後からの予算額あるいは契約金額の変更は忌避される、前年度予算の踏襲や削減が慣例化している、さらには複数年契約等ではそもそも予算が固定化されているといった実態が挙げられます。

官民取引特有の課題に対応するため、政府は本年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太方針2025)」のなかで、「官公需における価格転嫁のための施策パッケージ」として「物価上昇に伴うスライド対応や期中改定、国・独立行政法人等及び地方公共団体において必要となる予算の確保等を進める」等の方針が示されています。政府情報システムの調達においても早期に推進されることを求めます。

一方、元請事業者各社は、最新技術の活用や効率化による生産性向上を通じた運用経費削減など、個別努力で対応しているものの、こうした政策への対応と事業成長を両立し続けることが非常に厳しい状況となっています。

提言により目指す姿

  • 政府の最重要政策である物価上昇を上回る賃上げの実現
  • ソリューションサービス事業における持続可能な人材確保によるDXの実現
  • 魅力ある公共市場による優秀なIT人材の国内事業への定着

以上のような状況を踏まえ、本専門委員会では、本年も引き続きこの提言テーマを最重要テーマと位置付け、提言により目指す姿の実現に向けて取り組んでまいります。

目指す姿①政府の最重要政策である物価上昇を上回る賃上げの実現

政府情報システム調達においても、元請・下請を問わない適正な価格転嫁と利益の確保が進めば、賃上げ実現のモメンタムの維持、加速につながると考えます。

目指す姿②ソリューションサービス事業における持続可能な人材確保によるDXの実現

国際競争力確保や経済安全保障、生産性向上による国民の豊かさの享受等の観点から、我が国のDX推進は極めて重要であり、この担い手たる人材の確保が成功の鍵を握ります。国内売上全体の約4割がDX関連の売上ⅵとして着実に伸長しているソリューションサービス事業において、官民取引も含む価格転嫁の実現、それによる持続可能な賃上げにより、さらに魅力ある事業環境が生み出され、持続可能な人材確保やDXの推進にも大きく貢献するものと考えます。

本専門委員会は、政府情報システムのソリューションサービス事業分野における適正取引の確保に向けた本活動を通じて、政府の政策実現ならびに電子情報技術産業の発展、ひいては我が国経済の持続可能な発展の一助となるべく取り組んでまいります。

目指す姿③魅力ある公共市場による優秀なIT人材の国内事業への定着

人件費や物価上昇を反映した適正取引が確保されることで、これまで採算面で参入が難しかった中小企業やスタートアップにとっても、政府情報システム市場は魅力的な事業環境へと変わります。これにより、先進的な技術やサービスを持つ多様な事業者が参入し、市場全体の活性化とイノベーションの加速が期待されます。
こうした魅力ある国内市場の存在は、優秀なIT人材が海外へ流出することを防ぎ、日本国内の事業へ定着させる大きなインセンティブとなります。結果として、国全体のDX推進力と国際競争力の向上に繋がる好循環を生み出すと考えます。

本専門委員会は、政府情報システムのソリューションサービス事業分野における適正取引の確保に向けた本活動を通じて、政府の政策実現ならびに電子情報技術産業の発展、ひいては我が国経済の持続可能な発展の一助となるべく取り組んでまいります。

  1. スライド条項:公共工事の契約締結後に賃金水準や物価水準が変動し、その変動額が一定程度を超えた場合に、請負代金額の変更を請求することができる規定(https://www.mlit.go.jp/tec/content/001572775.pdf)
  2. 政府情報システムのソリューションサービス事業分野における適正取引の確保に向けた提言について | ソリューションサービス事業委員会
    政府情報システムのソリューションサービス事業分野における適正取引の確保に向けた提言について2024 | ソリューションサービス事業委員会
  3. 2025年3月時点の中小企業庁調査によると、価格転嫁率は52.4%となっており、コストの増額分を全額価格転嫁できた企業の割合も増加したこと等が述べられています。価格交渉が行われた割合は89.2%であり、発注企業から交渉の申し入れがあり、価格交渉が行われた割合が増加するなど、価格交渉できる雰囲気が更に醸成されつつあることや、価格交渉が行われた企業のうち、約7割が、労務費についても価格交渉が実施されたこと等が述べられています。
  4. 人手不足に対する企業の動向調査(2025年4月)| 帝国データバンク
  5. JEITAの発表した「2023-2024 年度の利活用分野別ソリューションサービス市場規模」(Press Release)によると、ソリューションサービス事業における官公庁向けの売上(以下、「官公需」という。)は、2024 年度の国内企業(JEITA 会員企業)において、製造向け、金融向けに次ぎ、1兆3,921億円となっており、国内全体の売上7兆 648億円の19.7%となっております。例年この官公需は1兆円規模で推移しており、非常に大きな市場を形成しています。
  6. JEITAの発表した「2023-2024 年度の利活用分野別ソリューションサービス市場規模」(Press Release)による。
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